誰がこのような事態を予想することができただろうか。
港に似つかわしくない殺伐とした空気。

剣を構えた皇女が見据えているのは他国であるシンドリアの王、シンドバッドである。
そうはさせまいと介入をしたシエルだったがまさか他国の姫と剣を交えることになろうとは思わなかった。


「お、お待ちください紅玉姫!一体何を…!?」
「いいえ待たないわ!受けるの、受けないの!?」


その剣幕はまさに必死。
背後でシンドリア一行が慌てているのを感じ、事態の終息を試みる為シエルは一歩前へ進み出る。



『…わかりました』

「シエル!?」



ただでさえ何がどうなっているのかわからない状況。
ジャーファルもまた理解に追われた状況の中、声をかけたがシエルは笑顔で振り向く。


『大丈夫です。紅玉様には傷一つ付けずに終わらせて見せます』


国同士の関係うんぬんや友好関係うんぬんに関わらず、シエル自身に心配げに視線を送るジャーファルに気を遣って言ったつもりであったが、ピキ、と紅玉の青筋が一つ増える。


「……随分舐められたものね……」

『…動けなくなったら負け、でよろしいですか?』




「えぇ…一生動けなくしてやるわ!!!」




一撃が致命傷になりかねない戦いにおいて重要なのは攻撃を受けないという事。

間髪入れず襲い掛かってきた斬撃を伏せることで回避し、シエルは魔装をした。
ブレスレットは腕飾りへ変型し瞳は赤く染まる。
もうこうなってしまっては誰にも止められない。

抑え込む力はあれど、一国の姫となれば誰も手を出すこともできないだろう。
ギラギラと殺気立った目つきで剣を構える紅玉にこちらも剣を構える。
シャルルカンさんに借りっぱなしにしちゃった、と少し間の抜けたことを頭の隅で考えつつ高ぶった感情でまだ安定しない斬撃を避けていった。
感情に流された斬撃程先の読みやすい攻撃はない。
しかし逆を考えれば相手が冷静になるまでがチャンス。


「いつまで避け続けてるつもり!?ボーっとしてたら切り刻むわよ!!」

『紅玉様を傷付ける訳にはいかないので』

「ならそのまま切り刻んでやるわ!」


火に油を注ぐ発言だったか、徐々に鋭さを増していく斬撃。
これは短期決戦にせざるを得なくなりそうだ。

ここしばらく、シャルルカンから剣の指南も受けたものの剣を主流として戦ってきた紅玉相手にあまり剣は得手ではない。
条件としてこちらが提示した"動けなくする"行為は自分の武器で実行するからこそ選んだ条件だ。

勝負というものは一瞬で決まる。
その機会を伺う為今は守りに徹すことに集中した。
攻撃が当たらず、ただひたすら避けられるということは相手からすればさぞかし苛立ちを募らせることだろう。
しかしそれがシエルの最大の狙いだった。

また1つ、紅玉の額に青筋が浮かび魔装した右腕の剣に水が集まり出す。
流石にその行為には煌側もギョッと目を見開き従者と思われる者が声を上げだした。


「姫!こんなところでそんな魔法を…!」

「もう関係ないわ!!!砕け散りなさい!」


変形した右腕の鱗や鰭のような見かけからして水属性の魔法を使うことは確かだったが水魔法の攻撃はヤムライハとの修業で扱いには手馴れている。


『(来た…!)』


斬撃とともに放たれた水の龍。
最大の攻撃を放った後こそが最大の隙を見せる。

これを避け、紅玉の"動けなくする"ことが最大の目的だった。が、





『(方向が悪すぎる…!)』





振り向いたシエルの後ろにはシンドバッド達。
避ければ確実に彼等に飛び火するであろう攻撃を避けることはできない。



『(それなら…!)』
「なっ…!?」

「シエル!?」



スッと片手を翳し真正面から攻撃を受け止める。
直撃、誰もがそう思い紅玉も笑みを浮かべたが現状の理解をするとその場にいた全員が大きく目を見開いた。
それはシンドリア側の人間も例外ではない。


「魔法壁!?」

「(そんな…あんな魔法壁なんて見たことないわ…!)」


本来魔法壁は魔法使いが身に纏い攻撃を防ぐもの。
紅玉の攻撃を包むかの様に展開された防御は強力でシエルの身には傷一つついていない。

攻撃は最大の防御ならぬ、防御は最大の攻撃。
激しい音を立ててぶつかり合う双方はシエルの魔法壁が攻撃を全て丸い魔法壁に閉じ込めたことで終息する。
ここまで来れば魔力操作で相殺はお手の物、ぱちんと音を立てて魔法壁が弾けた。



「どういうこと…!?」



攻撃をボルグ内に閉じ込め魔力相殺。
口に出してしまえばそれだけのことだが容易にそれはできることではない。

振り下ろした剣をそのままに唖然とする紅玉に、シエルはスッと右手を向け弓の矛先を向けた。



「しまっ―……!」

『…動かないでくださいね』





「姫!」



そこからは一瞬出来事だった。

紅玉を取り囲むように一面に張り巡らされた光の糸。
紡がれたそれは紛れもなくシエルの光魔法であり、練り込んだ魔力の量によって鋭さを増すものである。
流石に一国の姫相手に全力で魔力を注ぐことはなかったがそれなりの鋭度をもった糸は鋭くその身を切り裂くだろう。

完全に動きを封じられた紅玉にシエルは歩み寄る。


「これは…」


紅玉にはこの感覚に覚えがある。
シンドバッドに初めて会った時、魔装が解かされていったあの感覚。
魔力操作、それ以外の何ものでもない。
シエルも魔装を解き、光の糸は空に溶けた。

勝負あり、だろう。

魔装を解かれた紅玉の髪飾りが手から力なく滑り落ち、シエルはそっとその手を取った。



『落ち着いて私どものお話をお聞きください、紅玉様』
「あ…」


『………何があったのかを、お聞かせ願えませんか…?』



できるだけ優しくそう言ったシエルに、紅玉の表情は見る見るうちに変わっていく。
そして紅玉はシエルの胸に飛び込み啖呵を切ったように泣き出してしまった。

突然の事にどうしていいかわからずえ、え、と声を上げていると紅玉の部下である一人が失礼、と声を上げた。




「これ以上本人の口から告げるのは酷というもので…私に続けさせてください」




そこから告げられた事は、ある種シンドリアの国交に波乱を起こすことになる。
自分の胸の中で泣く紅玉にどうしていいわからないでいたシエルもまた、絶望を感じることになるのだが。





宙に浮かぶ乙女心

((((………え?))))



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補足

紅玉との戦闘シーンにおいて
防御壁の下りが自分で書いてて描写力がないなぁと思ったので簡易な図解を交えて補足しようと思います。

この話内のシエルの防御壁は通常の防御壁の形ではなく
このような形である。
紅玉の攻撃を受け止め、紅玉の攻撃を防御壁内に閉じ込める
後はこの防御壁越しに魔力操作をして相殺。

といった感じです。
わかりにくくて申し訳ない(・ω・`)

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