煌と書かれた旗を携えた多数の船。
大勢の従者を従え、先陣を切って歩いて来たのが勿論皇子たる人物であろう。



「先頭にいらっしゃるのが白龍皇子ですよ」

『あの方が…』




確かに、表情こそ少し厳しかったものの顔立ちは幼く、聞いていた通りシエルよりも年下だということを実感した。
印象的な黒髪、しかし左目を覆うように大きな傷跡が痛々しく残っている。

バルバッドの敵討ちを志している時に煌帝国の使節団。
アリババにとっては複雑な心境であることは確かだ。
一度視線を交えてすぐに背けてしまった皇子にアリババは何を思うのか。


しかしそれ以上に、シエルは今この場にいていいのかが若干の不安になりつつあった。
シンドバッドよりも一歩下がった隣に控え、皇子というその人物を見据える。
皇子はシエルを見て一瞬目を見開いたものの、すぐにシンドバッドの御膳で拳にした右手を左手で包み込み胸の前で合わせた。



「煌帝国第四皇子、練白龍です。先日は我が神官がとんだご無礼を」
『!』

「…その件は後にしていただきたい。陛下から話は伺っている、歓迎するよ」



先日、とはもちろんジュダルの件であろう。
隣に控えるシエルの顔色がびくりと変わったのを見てすぐに話題を転換したシンドバッドに、シエルは誰にもわからぬよう胸中で息をついた。


「義父の命でなくとも、貴殿にお会いしたいと思っていました」
「それは光栄だ。その話もゆっくり聞かせてもらおう」


シエルは皇子の後ろに、また従者に囲まれて現れた女性に目が行った。
美しく長い黒髪を頭の頂点で結わえ、煌独特の着物に身を包んだ女性。
下女や女官ではないだろう。


『(綺麗な人…)』


直感でそう感じたが顔立ちはまだ幼い。
シエルと同い歳か、少し年上ぐらい、だろうか。

確実に位の高い人物であろうということはわかるが誰かは分からない。
その視線に気付いたのか、シンドバッドもそちらに目を向けた。


「ところで白龍殿の後ろの貴人はもしや…?」
「…?」


シエルの、シンドンバッドの視界に入っていた"貴人"



「あっ!」



誰を指すのかわからずに後ろに控えていたジャーファルが前を覗き込み思わず声を上げた。
一歩下がって傍にいたシャルルカンにどなたですかと小さい声で聞いてみたがシャルルカンにもわからないらしく首を傾げられてしまった。
この場において彼女の名を知っているのはバルバッドに関わりのある人物だけである。


「れっ…練紅玉姫…」


ジャーファルの口から零れた名前。

練、という名が指し示すのは姫という地位に繋がる。
するとピスティが面白いと言わんばかりに目を見開いた。


「えっ、例のシンドバッド様に気があるって言「ちょっとピスティ!空気読みなさいよシエルちゃんいるのよ!」
『…シンドバッドさん?』
「気のせいよ気のせい」

「やっぱり煌に滞在中に何か粗相があったのでは…!?」


ヤムライハに口を塞がれたピスティと視線を合わせようとしたら見事に目をそらされた。
ある種修羅場の発生になりかけたのだがギリギリシエルには聞こえていなかったようだ。
オロオロと成り行きを見守るジャーファルにはそれどころではない。

しかし、予想に反して紅玉はにこりと笑顔を浮かべシンドバッドの傍に歩み寄った。




「……先日はどうも…またお会いできてうれしいわ…」
「こちらこそ」





「アレ?なんか普通だし…」
「よかった…何もなかったみたいだ…」
「な〜んだ」

『……?』



互いに笑顔で解釈をする様子にほっと肩をなでおろすジャーファル
なぜか面白くなさげなシャルルカン。

笑顔での挨拶、平和な筈なのにシエルにはピリピリとした空気を肌で感じていた。
表情には現れない感情がなんとなく感じ取れてしまった。


『(…紅玉様…怒っていらっしゃる…?)』

「お久しぶりですね、バルバッド以来だ!そういえば貴方とは煌帝国ではお会いする機会が一度もありませんでしたね…」


シンドバッドの言葉にピクリ、と紅玉が反応した。
この様子は穏便でも平和でも何でもない。


「また会えて本当によかった!」


豪快に笑い飛ばすシンドバッド。
震える紅玉の体。
不穏に包まれていく空気。








「"会う機会が…一度もなかった"ですって…?」








ゾクリと背筋を駆け抜けた嫌な予感にふらりとシエルの体は動いた。



『―シャルルカンさん剣お借りします』
「えっ?」




ガキイィン




流れるような動きで、シャルルカンの腰から拝借した黒く細身の剣で受け止めたのは魔装した紅玉の重い剣だった。
シンドバッドに向かって振り下ろされた剣は間に介入したシエルによって止められギリギリと音を立てている。

剣先が掠って数本切れたシエルの銀髪が宙を舞う。
剣を向けられたシンドバッドが一番その状況を理解できていないようでポカンと口を開けて呆然としていた。
しかしそんなことお構いなし、といったように紅玉の感情は爆発する。





「邪魔しないでちょうだい!」


『…紅玉様と言えど、そうは参りません』




張り詰めた空気が走る。

なぜ紅玉が剣を取ったか、理由はまだわからないが確実に言えるのはシンドバッドへ確かな殺意があるということ。
ならばその行為を許すわけにはいかない。



「あくまで邪魔をするというのね…!?」


『はい』
「なら……」



紅玉が力を緩める様子はなく。
ギリ、と歯を食いしばり一度剣を離した。

一歩下がり、そしてもう一度剣の切っ先をシエルに向けて高らかに叫んだ。





「シンドバッドの代わりに貴方が私と決闘なさい!!」

「「「「は!?」」」」」












始まりは波乱から

(宿敵天敵恋敵)
(全ては似て非なる"敵")

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