戻った平穏、日常。
戻ったと一言に言ってもその日常が非日常であれど、それも日常。

シエルは下女の仕事をいまだにまっとうする事にした。
日の出と共に活動を開始し、ジャーファルやシンドバッドの手伝いをしながらも下女の仕事をこなす。
今となっては一端の下女とは言い難い腕にまで上がり、宮中でもまた一段と有名になりつつある。

ジャーファル達までとは行かずとも仕事に走り回る姿はよくよく目撃され、それに好意を持たないものなどいない。

相まって可愛がられるようになった、と言ってもいいだろう。
シエルが前向きになったのは嬉しいことだったが、一つ心配なことがありシエルがシンドバッドとジャーファルの元に手伝いに来た際、ジャーファルは少し重くなった口を開いた。


「シエル」

『なんですか?ジャーファルさん』
「…下女の方、無理して手伝わなくていいんですよ?」
『!………』


元はといえば、シエルを下女の手伝いにしようという提案はセシルからのものであった。
シエルを暗殺するにあたって、自分に近付けさせて油断させるという魂胆だったのであろう。

今となってはそれは悲しみの道を歩き出した一歩となってしまったが。


『…やらせて、下さい』

「………辛くはないか?」
『はい。皆さんいい人ですから』


それはシエルの気立てがあって成り立っているのだと謙虚には考えられないのだろう。
事件によりシエルを気に掛ける者が増えた、というのも確かだが何よりもシエルを支えようとした者達は全て自分の意思でシエルを支えようとしていた。
人徳、と言ってしまえばそこまでだが、そんな関係を築くのは容易ではない。

周りもシエルが時に空元気であることには気付いていたが本人には言わなかった。
それが優しさであり支えになると信じていたからだ。


『せっかくセシルさんに教えていただいたんです。それに…煌帝国の皇子様が私と同じぐらいのお歳だというのは事実なんですよね?』

「それはそうですけど…」
『なら、いいじゃないですか』


そう言ってシエルは笑った。
まだどこか表情に憂いは感じられたが本当に吹っ切れた様子が伝わって何も言えなくなってしまった。

この際、仕事をすることは厭わない。
むしろ助かるしシエルの気立てのよさは誰もが認めている。
心配なのは感情の問題。

―きっとシエルなら乗り越えられるだろう。
―乗り越えられなければ、また誰かが手を差し伸べよう。
覚悟は貫き通すもの。


しかしシンドバッドには心配なことがもう1つあった。



「あれはジュダルの独断での行動だったと思うが…今の所煌帝国の真意は図れない」

『…あ…』
「…そうですね、警戒は必要でしょう」



完全にウリエルの事は露呈している。
改めて知った力が呼ぶ災い。


「だから」


それを狙わんとするジュダルも、バルバッドの内乱での煌帝国の対応も。
油断などで来たものではなく付き纏うのは脅威。

シンドバッドが一番恐れていることは力を引き渡すことではない。




「俺の側から離れるなよ」




それを建前にするのは卑怯だと、何を言われたっていい。
傍にいて欲しいと心の底から願う。



『…はいっ』



嬉しながら恥ずかしい、そんな気持ちでシエルは頷く。

それは使節団来訪1日前の出来事。
明日から訪れるその波乱を…彼らは、彼女たちは知らなかった。








求めるのは、ただ一人


(ただキミの)
(ただアナタの)

(隣にいたいだけ)




----------------

次話から原作沿いです
結構唐突に話に入りますので注意(…?)

_


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -