重力ではありえない、目の前に水面がある。

そんな水面に映る自分の姿。
瞳の色は真っ赤に染まっていて水面に映る月は三日月。


不思議な感じ。


でも私の上に昇る月は満月。
私の瞳は紫色、のはず。


なんでこんなに世界が違うのか。
ここは夢の中だから?
それで済ませてしまえばそれまでなのだけど違和感が否めなくて。



『貴方は私?』
「私は貴方?」


『貴方は誰なの?』
「私は誰なの?」



鏡に反射するように返ってくる声は紛れもない私の声。
あべこべになって反復する言葉。

私なのに、私じゃないような。

右左
天地
光闇

相反する2つの存在。
形容するにはそんな感じ。
そろり、と思わず水面の世界の私に手を伸ばした。
水面の向こうの私も手を伸ばす。本当に鏡のようだ。

手と手が合おうとした、その時。





ザバッ


『!!』



伸ばした手を掴んだのはもう1人の私じゃなくて。

―私はこの腕を知ってる。

綺麗な宝飾のジン。
怪しげな光を放つそれを纏う腕は私の者ではない。



『シンドバッドさん…?』



目の前の水面を突きぬけて私の手を掴んだのは見間違えるはずがなくて。
それなのに胸騒ぎがするのはなんで?
シンドバッドさんの腕に抱かれている赤い瞳の私がずっと無表情で私を見つめていて、顔を伏せていたシンドバッドさんとは目が合わず。

ゆっくりと視線を上げたシンドバッドさんに私は目を見開いた。



『…え…?』



伏せていた瞳と目が合って、そしてまた違和感。

―紅い、赤い、あかい

いつもの明るく輝く黄金色の瞳じゃない。
でもシンドバッドさんに並ぶ水面に映るもう1人の私の目も赤くてそれがあるべき姿にも見えてきてしまう。
むしろ違和感があるのは私なの?


『…貴方は…シンドバッドさんなんですか…?』
「…俺はシンドバッドでありシンドバッドではない」

『…シンドバッドさんであって…シンドバッドさんじゃない…?』


意味が分からなくて首を傾げる。
水面がゆらりと揺れて、水面に映る私とシンドバッドさんが笑った、気がした。

2つの対になった眼が水面越しに私を射抜く。



『どういうこと、ですか?』

「お前にはこの水面が見えるだろう」
『…はい』



シンドバッドさんの手の伸びる水面の先。
私は確かにここにいる。
私が水面の手前、と思っている方向に。
こちらが手前なのか、赤い瞳のシンドバッドさんと私がいる方向が手前なのか、それはわからない。





「この水面は境界線だ」

『…?』




境界線、
その単語の意味はわかっている。
でも現状の理解にまでは至らなかった。

余計な混乱が増えた気がしてならない。
目の前に映る水面。赤い瞳の私。赤い瞳のシンドバッドさん。

心の奥がざわついてごくりと息を飲む。




「闇に堕ちた者のな」




その言葉に理解など追いつくはずもなく途端にざばん、と水面に引かれた私の体。
さぁ、と声が聞こえて瞳を開ければ真っ赤な瞳が私を射抜く。



「俺のものになってもらおうか?」



遠のきそうな意識の中。
もう1人の私の笑い声と、そんなシンドバッドさんの声が聞こえた気がした。




















『―!!』


最悪の目覚め。
汗はびっしょり、これは完全に冷や汗だ。


『…今の……?…!』


慌てて服を着替えて部屋を飛び出した。
自分の瞳は今何色なの?

確かめなければいけない気がして廊下を走る。

もう一人の自分が笑っているような、言葉にできないこの感覚。
さっきのシンドバッドさんは誰だったの?
あれはシンドバッドさんじゃないの?



『きゃ…!』

「っおっと、シエルどうしたそんなに慌てて」
『!』



曲がり角を曲がった先にぶつかったのは今ある種一番合いたかった人。
バッと躊躇もなくシンドバッドさんの胸ぐらを掴んだ。


『シンドバッドさん!』
「うぉっ!?」


身長差があってどうしても見にくい瞳の奥。
精一杯背伸びをして、非力ながらも全力でシンドバッドさんの服を引いた。


『…金色』
「……な、なんだ、どうかしたのかシエル」

『あの、私の目の色何色ですか?』
「…?紫だろう?」
『……そう、ですか』


鏡の1つでも部屋に置いてとけばよかった。
あんまりこんなことで人前で焦ったりしないのに取り乱してしまった感が否めない。
シンドバッドさんも困惑したような顔をしている。
やっぱり、それはいつものシンドバッドさんで。

やっぱり夢は夢…だよね?
ウリエルのせいか夢に敏感になっているけど、違うって信じたい。


"堕転"


それが指し示す言葉は













「あ。王様とシエルが廊下でちゅーしてるー」





『「は!??!??」』





突然の声にふと我に返った。
声の主は見なくても分かる。この声はピスティさんだ。

今の状況。
私がシンドバッドさんの胸ぐらを掴んだまま背伸びをして顔を全力で近づけているの図。
ちょっと待って、これじゃまるで私が…!




「うわ、ちょっとシャルに言ってやろ」

『ちょ、ちょっとピスティさん!?』
「待てピスティ違うぞ!断じて違うぞ!」


「ねーシャルー!!」

『ちょっと待ってくださいぃい!』
「ピスティィイイィ!!!」




そして私は気付かなかった。

















慌ててピスティさんを追いかけた私たちの背後に


また1つ黒いルフが輝いていたのを。











浸透する歓喜の恐怖

(迫り来るは這い寄る黒き混沌)






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中途半端かもしれませんが2.5部はこれにて終了です。

2.5部は軽い番外のような形にしました。
これから原作沿いに移行する予定ですが、書きたい話ができたら完全に番外という形で連載に並行して書いて行くと思います。
いよいよ白龍や紅玉ちゃんが書けるのかと思うとワクワクしてます^^*

ここまでお付き合いいただきありがとうございました。
そしてこれからも「小さな奇跡をもう一度」をよろしくお願いします^^



天音

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