※手ブロネタ




















―仕事はきっちりやっててくださいね。


ジャーファルが真っ黒に染まった微笑みを浮かべながらシンドバッドに言い放ったのは今朝の話だ。
シエルとジャーファルはその日、煌帝国の使節団を迎え入れる準備の一環として港を視察に訪れる予定であった。
しかし監視役がいないとシンドバッドは何をしでかすかわからない。
マスルールはシンドバッドの言うことを聞いてしまうし、シャルルカンやピスティでは流されてしまう。

つまりはシンドバッドに対してものが言える者がいなくなるという事。

できるだけ早く帰ってくることを心掛けたかったがそうもいかないであろう。
帰ってきたらどれだけ書類が溜まっていたかで一目瞭然な仕事っぷりではどの道仕事は増えるだろうから。


『言ってもらえたら私残りましたよ…?』
「いえ、そうしたらまた貴方が大半をやってしまいそうなので」

『…あはは』


否定できなかった。
港への道を歩きながら苦笑いを漏らす。

あのシンドバッドならシエルとジャーファルが現在歩いているこの街まで下りて来かねない。
だがまともに仕事をするとも限らない。
つまりはまともな対処法などないのだ。

活気の溢れる市場を掻き分けて港を目指す。
人通りの多い道を並んで歩いていると少しざわつき出した。
シンドリア内において、8人将は有名人である。
ジャーファルも例外ではなく辺りの視線は集まってしまう。


「ジャーファル様、そちらの御嬢さんはもしかして妹君ですか?」
「いいえ、違いますよ」
「あ、失礼しました!」


『…私…似てますか?』
「…まぁ胸を張っていなさい」


そんなやり取りもありつつ再び歩き出すと、そこからはなぜか耳がタコになることとなった。


「もしかしてご兄妹ですか?」
「いいえ」

「ジャーファル様」
「違います」

「兄妹………」
「……」


本日何回目かもうわからなくなるぐらいの同じ問答。
ふぅ、と息をついたジャーファルがいいこと思い付いたと言わんばかりに少し口端を上げた。


「そうです」
『!?』
「妹のシエルです」

『ちょ、ジャーファルさん!?』
「あぁやっぱり!」
「道理で…」
「この前王やシャルルカン様とおられたしな」
「納得だわ〜」

『え…?えぇ!?』


騒ぎ出した街中にジャーファルは静かに笑った。
一方ジャーファル妹説の否定をされなかったシエルの方はあたふたと周りを見回している。
本人的にはなんで納得されたのか謎で仕方ない。

―私ジャーファルさんみたいに顔綺麗じゃないし…!似てるの髪色だけなのに…!


『あーもうっ!早く港へ行きましょうジャーファルさん!』
「おや、いつもみたいに"お兄ちゃん"とは呼んでくれないんですか?」
『呼んでません!』


耐え切れなくなってジャーファルの背中を押したが実はこの状況を1番楽しんでるのはジャーファルなのかもしれない。
まさかこんな悪ノリまでする人だったのか、と発見したくなかった新たな一面を見つけてしまった。

ジャーファルの背中を押し続け、街から幾分離れてから。
いまだに笑いつづけるジャーファルにシエルは真っ赤になって問い詰めた。


『…ジャーファルさん?』
「すみません、なんだか面白くて」

『〜〜面白くてじゃないですっ!』


ジャーファルが冗談を言うだなんて珍しい。
というよりかはこの状況下で冗談をいう人間がいないから彼が冗談を言うような状況になっているのか。
突っ込みもボケさえいなければ意味をなさずボケになってしまう、そんな法則だろう。
言われてみればジャーファルと2人きりになったということは今まであまりなかった。
仕事中もシンドバッドが大体傍にいた上に多忙なジャーファルにはあまり時間もない。

現在もまた仕事中なのだが視察に行くまではこうも和やかなものだ。


「そういう反応が面白いからからかいたくなるんですよ」
『……そう言われましても…』


まだご機嫌斜めなのかむすっとした表情でジャーファルを見上げる。
とはいってもさながら小動物のようで何も怖くはなく。


「シンの気持ちがわかる気がします」
『……?シンドバッドさん?』

「…シエル」


首を傾げたシエルに、ジャーファルは真剣な視線を向けた。




「シンに気持ちは伝えないおつもりですか?」




ピタリと足が止まって目を見開く。
気付かれていたという驚きよりも伝えないのかと聞かれたその問い自体に驚いたという方が大きい。

足を止めるタイミングがずれて2人の間に距離が生まれる。
先を行くジャーファルがシエルを射抜き、シエルは握った手を胸に当てた。

ジャーファルが言いたいことがあるというのはわかる。
自分でもわかっていた。
思いを伝えることは容易ではない、ということ以上にある壁。
そこに確かに存在している壁は計り知れないもので。
シエルを心配して聞いているのか、シンドバッドを心配しているのか、ジャーファルの真意は掴めない。

ただ、今のジャーファルの問いに答えることはできる。





『言うつもりは、ありません』
「…なぜ?」


『………シンドバッドさんの重荷はなりたくないんです』


「!」





憂いにも満ちた表情で右腕のブレスレットを撫でるシエル。

そしてジャーファルは今の言葉にデジャヴを感じた。
そう、それはジュダル襲撃の事件があってから数日後の事。
アリババによって吹っ切れる前にシエルになかなか会いに行くことすらしなかったシンドバッドに問うたことだ。




―「シエルに思いは告げないおつもりで?」





全く同じ問いかけ。
表面上は落ち着いていたもののしばらく悩む素振りを見せたシンドバッドが口を開き、紡いだ言葉。





―「…俺をシエルの足枷にしたくはない」





互いに思い合っているのに、随分不器用な2人なことだ。



「……全く、似たもの同士なんですから」

『何か言いましたか?』
「いいえ」



行きますよ、と先を歩き出したたジャーファルの背をシエルは慌てて追いかけた。

―シン、彼女を見失ったら私が怒りますからね。

背中を追い掛けること、隣を歩くこと。
思いを伝えることよりも辛い道を選んだ不器用な2人に、幸あらんことを。
その思いを胸にシャーファルは視察を早く終わらせてシンドバッドの元に早くシエルを帰したいと思うのだった。








燐光の夢に淡く佇んで

(…ただし、仕事が減っていなければシエルはお預けですがね)
(ジャーファルさん、今何か言いました?)
(いいえ)

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