『あの…シンドバッドさん、起きてますか?』
「?シエルか、入っていいぞ。どうしたんだ?」
ギィッとドアを開けて、おずおずとシンドバッドの私室に足を踏み入れたシエルから衝撃の発言。
『…あの……』
「…?」
『い、……一緒に寝てもらえませんか』
誰がこんなこと予想できただろうか。
あの事件から数日したとあるその日の夜は完全に無礼講だった。
とは言っても謝肉会までという訳ではなく、ちょっとした宴というものであったが騒ぐには十分。
酒の回ったシャルルカンに絡まれてヤムライハと喧嘩が勃発したり、ある意味いつもの光景は安心感さえ覚える。
シエルは前回の教訓を踏まえて今回は酒は飲まないと決めていた。
いくら薦められても酒の入った杯は一切手に取らず穏便に事を済ませた。
「またピスティ達は…後片付けが大変だとあれほど言っているのに…」
『あはは…手伝いますよ?』
「助かります…ですが朝に回しましょう。このままではまず収拾がつきません」
「お、なら明日の業務は」
「シンはいつも通りでお願いしますね」
「……」
ため息をついたジャーファルの隣で苦笑いを漏らす。
珍しくシンドバッドもあまり飲まなかったのか正気を保っており明日を見据えて望みを持ったものの一刀両断。
驚くほどにバッサリと切り捨てられ落胆も束の間であった。
それどころか明日の為に寝てください、と2人並んで紫獅塔に追いやられてしまった。
『ジャーファルさん大丈夫でしょうか』
「まぁ寝ろと言われたんだ。明日にでも手伝えばいいさ」
『…シンドバッドさんはお仕事ですよ』
「それを言ってくれるな」
『……もう』
笑い飛ばしてはいるがシンドバッドは手伝いに来るのだろう。
仕事よりも気になる、というか仕事をしたくないと言った方が正しいか。
言っても無駄ならサポートするしかない。
明日は忙しいだろうなぁと思っていたらあっという間にシエルの私室へと差し掛かった。
半壊させてしまったあの部屋は現在使われておらず、シエルは新たな私室をもらっていた。
シンドバッドの私室は最奥、ここで2手にわかれることになる。
「おやすみ」
『おやすみなさいシンドバッドさん』
そう平凡な別れを告げてから数刻後、事態は冒頭に戻るのである。
どうしてこうなってしまったのか、
なぜ部屋に招き入れてしまったのか。
いや、涙ぐんだ顔で上目づかいをされてしまえばどうしようもなかった、シンドバッドは胸中で自問自答を繰り返す。
『…ごめんなさい、ご迷惑だってわかってるんですけど…その、ちょっと不安で』
「……いや、構わないさ」
自分の胸の中でぎゅっと服を掴まれ、理性が軽く揺らぎかけたがシエルはそんな気持ちは微塵もない、邪念を捨てろと自分に言い聞かせ脳内で素数を数えたのは秘密だ。
不安、というのは何に対してなのか、それはあえて聞かなかった。
人の心音は人を落ち着ける力があるというのはあながち間違いではないらしく、シエルは既に少し眠たそうにしている。
誰かが自分の前から去っていくということに不安を覚え出したのはあの日からだった。
ただ見送るだけのことがこんなにも辛いということは知らなくて。
待っているということに対する恐怖を覚えた。
どうにも怖くなってしまって、初めて誰かに甘えてしまった。
ヤムライハやピスティ、モルジアナといった女性に頼もうとも思っていたのだが酒に酔い潰れている前者2人に、潰れものを介抱している後者モルジアナに頼るのも気が引けてしまったのだ。
かといってこの選択がなにを生むことになるのか、この時点では何も気づいていない。
シエルが寝るのは時間の問題。
しかしシンドバッドには理性という違う問題がある。
「そういえばな、この前夢にセシルがでてきたんだ」
『…セシルさん、が?』
声からも眠気が感じられて、とろんとした瞳で見上げられまた揺らぎ始めた理性にシンドバッドはグッと押し止まりあぁ、とシエルに笑みを浮かべた。
「"シエルちゃんを泣かせたら私が許しませんよ"だそうだ」
ウリエルの差し金だか時の悪戯だか。
眠たそうであってもシエルの聴覚も理解力もしっかり働いていたらしい。
目を見開き、思わず流れかけた涙を見せまいとシンドバッドの胸に顔を押し付ける。
『セシルさん…』
「キミは彼女に愛されていたよ」
『…そうでしょうか』
「あぁ、俺が保証する」
決意も覚悟も、決めたって不安は誰にでもある。
まだ17歳のシエルにとっては多くの事が起こり過ぎた。
シンドバッドはあやすように胸の中のシエルを背中を撫でる。
首に見えた包帯が視界に入って巡ってくる黒い思い。
ジュダルはまだシエルを狙っているのだから。
『そうだと…嬉しい…なぁ……』
嬉しそうな笑顔をふにゃりと浮かべ、そしてシエルは眠りについた。
俺がシエルを守る。
自分の腕に収めるには勿体ないほどの光だが、誰にも渡したくはない。
それなのに、堕ちた己の腕に抱くことは許されないのだ。
矛盾する気持ち。
でもどうしようもなく愛しくて堪らないのだ。
―誰にも渡さない、渡したくない。
シンドバッドの葛藤はきっと終わりを告げることはないのだろう。
「…しかし…このままでは違う意味で怒られてしまいそうだな…」
そして何より、自分の煩悩に勝つのが優先だな、とシンドバッドは必死に気持ちを落ち着かせ眠りに付こうと必死になるのだった。
今は、願わくば
傍に居るだけで良い
(……)
(………zzz)
(なんでシンドバッドさん何も着てないの私あの後何かしちゃった?いやそんな馬鹿な昨日はお酒飲まなかったしシンドバッドさんも飲んでなかったしというより私の方がきっと寝たの先だったよねならこの状況ってどういう え 私は服着てるでもシンドバッドさんは着てな)
『きゃあああああああああああああああ!!!!!!!!!!』
そんな翌日の朝であった。