周りの人目には目も暮れず、アリババはシエルの手を引いたまま市場を闊歩する。
シエルはなんとなく予感していた。
この道は、この行き先は。
体が拒否反応を起こすように動かなくなった。
意志は関係なく足は止まり、がたがたと体が震え出す。
アリババくん、とか細い声をなんとか搾り出しアリババも足を止める。
「大丈夫。俺がついてる」
『でも、』
「このまま何もしないで後悔するのはシエルだ。…俺はそうなって欲しくない」
『………』
なんでアリババくんがそんな悲しそうな顔をするの?
口に出なかった疑問を胸にアリババに背中を押されてシエルは一歩、足を踏み出した。
『…あの………』
「!!…アンタは…!!」
この装飾品屋の女店主の前に自分が姿を出すのがどれだけおこがましいことか。
わかっている。自分がいたからあの赤ん坊は死んだのだということは。
わかっている。自分が憎まれて当然な事は。
それでも向き合えと、アリババも、自分の心の奥底でも叫んでいる。
顔を上げろ、下を向くな。
ぎゅっと拳を握り目を合わせる。
目を見開いた女店主の手が、スッと持ち上げられ覚悟を決める。
「アンタ、無事だったんだね!!!」
『…え……』
「シャルルカン様から話は聞いたよ。あの変な輩はアンタを狙ってたって…!あの後ずっと姿を見せないから心配してたんだよ!!」
襲って来る痛みを覚悟していたのに、それどころか持ち上げられられた手は白い絆創膏の貼られたシエルの頬を包み込んだ。
思いもよらない言葉、行動にシエルの頭は混乱していた。
なぜ自分の心配をするのか。
なぜ自分に怒りをぶつけてこないのか。
『なんで…』
「え?」
『…私の、せいで…あの子は……』
失った事実は変え難い、変えることはできないのだ。
震える声で搾り出した言葉は届いたらしい。
女店主も口を一瞬噤んで眉根を下げた。
その表情にまたぐさりと突き刺さるような胸の痛み。
今すぐに逃げ出したい。
後ろにいるアリババに全力で助けを求めたい。
「…確かにあの子はいなくなった」
『………』
「でも、」
自分の子供がいなくなって悲しかっただろう、苦しかっただろう。
それでも決してその負の感情をシエルにぶつけようとする様子は全くと言っていいほど見られなかった。
もしも自分がそんな状況に陥ったら、なんて想像もつかないが渦巻く気持ちはある筈なのに。
「アンタは悪くないよ」
このあたしが言い切ってやるさ、と胸を張った女店主に、シエルは胸を締め付けられる思いだった。
暖かい手が頬を離れ頭に移動する。
撫でられてさらりと揺れる髪の毛。
「シエル!?」
―なんで私が生かされているの。
わからなくて、耐え切れなくなったシエルはその手を振り払い全速力で市場を駆け抜けて行った。
聖女と桎梏の十字架
(突き立てるは優しさ)
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