セシルの死に別れを告げ、平穏は戻ってきた筈なのに今のシエルには誰もが目も当てられないでいた。

見てられない、と言うのが率直な感想。

食事は殆ど取らず、誰とも関わらず部屋に引きこもる。
部屋から出たかと思えば身を痛め付けるような修業を一心不乱に行ったりひたすら仕事をこなしていく。
辺りの言葉には耳を課そうともしなかった。


「シンドバッドさん、あの…今シエルってどこにいます?」
「アリババくんか。シエルなら多分…今は自室だろう」


シンドバッドにも、ジャーファルにも何も言わずただ虚無の日々が過ぎていくばかり。
人の死とは時間が解決してくれる問題ではないのだ。

顔を合わせたアリババとシンドバッドもシエルの状態が芳しくないということは分かっている。
ただ口先の励ましは逆効果にもなりかねない。


「今日少しシエルをお借りしてもいいですか」
「それは構わないが…大丈夫か?」
「大丈夫…かはわかりませんが…言いたいことが、あるんです」

「……」


ただ、アリババにはそれでも堪えられなかった。
自分は知っている。誰にも何も言えず苦しんだ日々を。
それがどれだけ辛く、向き合うことが難しいかを。

シンドバッドはわかった、と首を縦に振りシエルの部屋に向かうアリババを見送った。



その許可を得て、アリババはアラジンもモルジアナも連れずに一人でシエルの部屋に訪れた。
ノックをしても返事はなく、ドアを開けた先にいたシエルはいまだ虚ろな瞳でアリババを映している。



『…アリババくん……?』


「……シエル、市場行くぞ」
『…市場?』

「そうだ。お前に…言わなきゃなんないことがある」
『………行きたくない』
「今回ばっかは異議は認めねーぜ」
『え、あ……』



ぱしっとシエルの手を取り少し強引に手を引いて部屋から連れ出す。

久々に男の人に恐怖心を感じた。
愛されたいと温かさを求めたと言うのに、今はそれが怖くて堪らない。
温かさを知ればなくす事があるということを知ってしまった。

この手から消える温かさを目の当たりにしてしまった。

声を上げることもできずなすがままにアリババに手を引かれていく。
王宮の外に出るのもあの日以来で、足が竦むような感覚に襲われる気がした。
竦みそうになる自分に嫌気すら差してまた自己嫌悪に繋がる。
アリババは何をもってあの市場に行こうというのか。

前方に、廊下で話し込むジャーファルとシンドバッドを見かけアリババが足を止める。
俯いた顔を上げないシエルっを尻目に、3人は視線を交わした。


「…あまり遅くはなるなよ」
「はい」


アリババから何かを感じとったのか、決して乗り気ではないシエルを見てもシンドバッドは止めなかった。
隣にいるジャーファルもまたしかり。

誰よりもシエルが傷付いたのはわかっている。
だが、アリババにはわかるのかもしれない。
自分を思って死んで逝った者に残された気持ちが。
どれだけ後悔しても悔やんでも戻って来ない者に守られた気持ちが。


「大丈夫でしょうか…」
「……今はアリババくんに任せよう」


シンドバッドの横顔を見てジャーファルはやれやれと言いたくなった。
本当はシエルの傍に誰よりもついていたいくせに。
それを許さない自尊心と揺れる思いが見て取れてジャーファルにはもどかしくも感じる。

しかし今はその気持ちを抑えてでもアリババに望みを賭けたのだろう。
シンドバッドとジャーファル、2人は顔を合わせて頷いた。







いましめに首に絡んだもの

(色濃く残った鬱血跡)
(そのいましめを解けるのは己だけ)

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