浮かぶ人影は3つ。
殺す者、殺される者、そしてー…
「どうしてジュダル様がここに…!?」
「それはこっちの台詞だっての。お前、国裏切ってどこにいるのかと思えばこんなとこいたのかよ。くたばってたかと思ったぜ」
『(国…、裏切った…?)』
自分にとっての第三者の存在は優位性を逆転させたのかはわからない。
ただジュダルという者の登場に流れが変わったのは確かだ。
セシルは殺気こそ抑えていないものの、どこかジュダルに怯えている。
合わせて今の言動。だが、ものを憶測する材料としては少な過ぎた。
今わかるのはセシルとジュダルの関係性のみ。
敬語を使っているということは上司や主に値するということだろう。
だが国を裏切る、ということの推測に関しては全くのノーヒントだ。
「お前、かなり前からシンドバッドの暗殺に行った筈だったろ」
『!!!』
「そ、それは……!」
「まぁ紅炎のヤツがお前が裏切ったにしろバレて消されたんだろって勝手に決め付けちまったからもうお前に居場所なんかねぇけど」
『(紅炎……まさか練紅炎?!)』
シンドバッドの暗殺、異国の紅炎という名。
つまりはシンドバッドというシンドリアの王の存在を否定する異国の者。
その名には聞き覚えがある。
『ジュダルさん…貴方は一体…!?』
蓮紅炎……それは煌帝国の王の名だ。
シエルが紡いだジュダルへの問いにセシルがギンと目を見開き再びシエルの顔の横スレスレに剣が突き刺さった。
『!』
「ジュダル様になんて口を!」
「セシル」
「シンドバッド様だけでなくジュダル様まで…!?」
「セシル」
「もうどうでもいいわ、貴方は私が…」
「セシル!!!」
「!」
「 少 し 黙 れ 」
ぞくりと身の毛がよだった。
突き刺さった剣が引いていく。
少し剣先が掠ったのか斬れた頬から一筋の血が流れ、地に落ちるシエルの血。
シエルも今の視線には恐怖を煽られ、動くことはできなかった。
ジュダルのみが満足な心身状態を保っており、次に口を開くのはジュダル。
「まず、俺はマギであり煌帝国の神官だ」
『!!』
「で、セシルの出身は煌帝国。これは知ってるか?」
ばらばらの糸が一本の糸となり結び付く。
ならば彼女が今ここにいる経緯に説明がつくからだ。
「セシルは煌帝国直属の暗殺者だ」
驚くことが多過ぎて既に驚くという行為が何なのかわからなくなってきた。
煌帝国出身なのは知っていた。
セシルはシンドリアの母と煌帝国の父を持つのだと、話してくれたのはつい最近のことだったのだから。
だが一つ疑問が残る。
シンドバッドを暗殺に来たセシルが、シンドバッドに仕えていたことの説明がつかない。
油断させる為の罠、とも考えられるがならば今シエルを暗殺に来たのはなぜか。
先程セシルはシエルとシンドバッドの関係性を嫉んでいるとした発言をしたが、果たしてその訳は?
「そう…私は本来シンドバッド様の暗殺に来た筈だった。でも」
落ち着きを取り戻したセシルが、剣を構える。
「今の私が抹殺すべきはシエルちゃん、アナタよ。それさえ遂行できれば私は死んでもいい」
『!』
死んでもいい、ということは命を投げ捨てるに値する。
シエルは目を見開いてセシルを見やる。
理解しがたい、その思い。
彼女の意図が読めない。なぜセシルはシエルを狙うのか。
「シンドバッド様の為に、死んでちょうだい」
『シンドバッドさん…の……?』
「えぇそうよ。貴方がいるからシンドバッド様は前を向けないの。それにね……」
ギリ、とセシルが剣を強く握った。
同時にきかされた睨みには迷いのない殺意が見て伺える。
だがセシルはニヤリと笑う。
「貴方がいたからあの赤ん坊は死んだのよ」
一つの命が散ったというのはまごう事なき事実。
シエルは目を見開いて、セシルと目を合わせる。
シエルの性格を理解しきっているセシルの棘は見事に胸に突き刺さった。
そしてジュダルはニヤリと笑う。
それは悪魔の笑みか、知る者はジュダル自身のみ。
「ま、面白そうな展開だけど……俺は捻くれた性格してるからよー…」
パキ、パキ
大気中の水分にルフで命令を与えてるんだ、と頭で冷静に理解しているくせに体が動かない。
「こういう光景見てるとさ」
「…ジュダル様?」
―私って死んだ方がいいのかな。
―だから体が動こうとしないのかな。
「こんなことしたくなっちゃうワケ!」
ジュダルの生成した氷柱がまっすぐにシエルに向かう。
虚ろな瞳で自分を貫こうとする氷柱をじっと見つめていた。
走馬灯、というやつだろうか。
この一瞬がとても長く感じて、頭に過ったのはいつも自分を導いてくれる彼の顔だった。
何も言わなくてごめんなさい。
それと、ありがとうございました。
言いたいことも何も言えないまま散るであろう命の算段。
「――!!!!」
バンッ
「シエル!!」
そして誰もが目の前の光景に目を見開く。
目を見開いたのはシエルも例外ではなかった。
『セシルさん…?』
舞い散る血飛沫に、暖かい体温に包まれている自分の体。
セシルの背に突き刺さる氷柱。理解ができず目を見開くシエルはその名を呼ぶので精一杯だった。
そこに広がる光景。
抱きしめるようにしてシエルを庇うセシルの姿と、驚きつつも楽しげに笑うジュダルの姿だったのだから。
黒月に孕む毒の舌先
(さぁ見上げてみよ)
(今夜は赤い三日月だ)
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