セシルは現在、シンドバッドとの面会を果たしていた。
シエルのことですと言付ければすぐにその面会は通り両手を合わせて王座の前に跪く。


「シエルちゃんのことなんですが…やはり元気がないようで…」
「そうか……」
「なんとかご飯は口に通してくれはするのですが本当に少量で…衰弱もしていると思います…油断はできないかと」

「…わかった。ありがとうセシル。キミにはシエルも幾分心を開いているようだし…これからも何かあったら気にかけてやってくれ」


シンドバッドの元に跪くセシルが顔を上げる。


「仰せのままに、王よ…!」


そのセシルの表情は恍惚としていた。
















「…大丈夫ですか?」
『…えっと…その、私なんかの為に時間を割かせてしまってすいません』
「私たちの事は気にしないでください。好きであなたを守りたいと思っているんですから」


ベットの上で小さく蹲るシエルの頭をジャーファルが撫でる。
明らかに元気のないシエルを見るのはジャーファルだけでなく、シエルを取り巻く者にとって心苦しい事だ。

未だに暗殺者は見つからないまま。
中にはそれに対し憤りを感じている者もいる。
目撃された暗殺者は1人であるが多人数であるという線も拭い去れないので警戒を緩めることもできない。


「何かあったらすぐに言うんですよ」
『…はい』

「…セシルがまた貴方に合いに来ると思いますので」
『セシルさんが?』
「えぇ、会いたがっていましたから。では私はもう行きますね」
『あ、はい』


いち早くシエルの不安を拭うためにも、こうしている時間が惜しくなった。
心配ではあったがジャーファルは一旦シエルの部屋を後にし、捜査に当たらせている部下の元へと歩を進める。
暗殺者が証拠を残すとも思えない。
だが、調べる内容がないということではない。

シエルのジンの事を知っているということは少なくともこの王宮内に足を踏み入れたことのある人物だということだ。

まずは王宮内の洗い流しからだとジャーファルはそれを仕事の一部に組み込んだ。



『(…申し訳ないなぁ…)』



確実に大勢の人の手間を掛けさせてしまっている。
ジャーファルなんかはただでさえ多量の仕事を抱えているのに。
今は仕事が手伝えないのがもどかしい。


『(セシルさん、また来てくれるんだ……)』


その生活の中の唯一少しだけの楽しみな時間。
仕事の合間を縫ってわざわざシエルの元に訪れる人物の1人、セシルの存在はシエルにとって支えになりつつあった。
忙しい筈なのに毎度自分の前に姿を見せてくれるだけでも嬉しい。

でも心の裏では誰にも会いたくないという気持ちも交錯していた。
関わったらまた誰かを傷付けてしまうのではないかという恐れ。
市場での惨劇はシエルの頭からどうも拭い去れないでいる。

人の死はそう簡単に受け入れられるものではない。
否、そう簡単に受け入れてはならない。


思い出してぞくりと背筋に寒気が走ったその時。




「きゃぁあぁぁあぁぁあぁぁ!!!!!」

『!!』




聞こえてきた悲鳴にシエルは形振り構わず部屋を飛び出した。
なぜか部屋の前には誰もおらず、誰もいない廊下から悲鳴の聞こえた方へ走る。

声の方向は特定済み。
そして声の主も聞いた限りでは彼女に違いない。



『セシルさん!』



廊下に滴るは赤い液体。
腕を抑えて廊下で身を震わせていたのは恐らくシエルの部屋に来る途中であったであろうセシルだった。

己の呼んだ不幸に、シエルは堕ちて行くばかり。
ぐちゃぐちゃになった頭に過ったのは昨夜のジュダルの言葉だった。






まやかしが堕ちた宵闇を

(救う勇者は現れない)
(今はまだ堕ちて行くだけ)

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