こんなことになるんならヤムライハさんにちゃんと場所聞いとくんだった。
シエルは後悔したが後悔先に立たず。
ヤムライハの部屋を目指していた筈のシエルはずっと同じに見える石畳の廊下を右往左往していた。
『(折角私なんかの為に時間を裂いて貰ってるのに…!)』
八人将という立場であるヤムライハがシエルにこの世界のノウハウを教えてくれるとの申し出は願ってもないことであったが、こうも迷いに迷っていたら全く主旨が始まらなくなってしまう。
ただでさえ仕事は多いだろうに自分のせいで労働を増やさせてしまうだなんてできない。
シエルは必死にヤムライハの部屋を探すがやみくもな詮索は余計な空回り。
更にここがどこかわからなくなって自室にも戻れなくなってしまったのだ。
簡易でもいいからちゃんと地図でも作るべきだった、とシエルは後悔する。
人との関わり事態が苦手だが次に誰かと会ったら道を聞こう。
シエルが意気込んだ矢先、前方に高い人影。
「あれ?」
幸か不幸か、シエルの知っている人物である。
「シエルちゃん。どうしたのこんなとこで」
『えっと…シャルルカン、さん…ですよね?』
「あ、名前覚えててくれたんだ」
嬉しいねーと足を止め、笑みを見せるシャルルカン。
知っている人物であったのは幸だったが、男性だと言う事が不幸だった。
シャルルカンが一歩近付く。シエルが一歩引く。近付く。引く。
「…あー…そういえば男、ダメなんだっけ」
『ご、ごめんなさい。決してシャルルカンさんがダメなんじゃないんですけ、ど…!』
「?どうかした?」
思いっきりシャルルカンさんから顔を背け、露骨過ぎた反応にしまったと思う。
ただし顔は合わせにくい、だって…。
『シャルルカンさん、その…服が、凄くはだけてます…』
視線を反らしつつ、指摘したのは胸元や肩口の大きく開いた服。
シャルルカンの褐色の肌が惜し気もなくさらされていて直視できない。
気付いてなかった訳ではないがただでさえ肩口ギリギリにある服がまた肩からずり落ちてきて意識してしまえばもうまともに顔を合わせられなくなってしまった。
ヤムライハもそうだけどこっちの人達はなぜこんなに露出ができるのだろう。
確かにシンドリアは日が差せばとても暑い。
かと言ってシエルはそこまで肌を出すだなんて考えられない事なので気持ちはわからないけど、とにかく。
するとシャルルカンはプッと息を漏らし、声を押し殺して笑い出した。
なんで笑われたのかがわからなくて、シエルは様子を伺ながら首を傾げる。
笑いをこらえながら口元を押さえているシャルルカンが一息ついて、また笑うの繰り返し。
「可愛いなぁシエルちゃん。俺に対してそんなウブな子、なかなかいないよ」
『え?』
「なんかそういう反応されると…」
『…ぁ』
シャルルカンの手がシエルに伸びる。
「いじめたくなっちゃうよなぁ」
―ダメ。引いちゃダメ。
―シャルルカンさんは大丈夫、何かするような人じゃない。
目をぎゅっと固く閉じて身構える。
ゆっくりとシエルの長い髪が一房すくわれた、その時。
「なにシエルちゃんにセクハラしてんのよこの剣術バカァァァ!!!」
ガン
効果音にするならそんな感じの音と共にシャルルカンの手が離れ、明らかにその音が発された元凶である探し人の声が聞こえて思わず反射的に目を開いた。
そこには杖を片手に仁王立ちするヤムライハと床に座り込み悶絶しながら頭を抑えるシャルルカン。
「ってーな!何すんだ魔法バカ!!」
「何じゃないわよ剣術バカ!思いっきりシエルちゃんに手出そうとしてた癖に!!」
「俺はシエルちゃんに女としての喜びを教えてやろうとだな…」
「サイッテー。ジャーファルさんと王に言い付けてやろうかしら。シエルちゃんこっちにいらっしゃい」
『え?あ、はい…?』
ヤムライハに駆け寄れば理由もなく大胆にも抱きしめられる。
するとすかさずシャルルカン。
「お前だって軽く手出してんじゃねーか!」
「あら私は女だもの誰も文句はない筈よ」
「いーやお前みたいな奴が女だってのに文句がある」
「なによやるの?」
「やるか?」
今にも規模の大きい喧嘩が勃発してしまいそうだ。
シエルを挟んで行われる会話に徐々に力が入っていく。
しかしシエルはそれどころじゃなかった。
なぜならヤムライハに力が入るにつれて大変なことになりそうだからである。
『ヤムライハさん…』
「どうしたの?もしかして他にもコイツに何かされたの?」
「してねーよ!!」
「アンタには聞いてないわよ!」
『…そうじゃなくて…あの、胸が…』
あぁぁなんだか口に出して言うのも恥ずかしい…!絶対に顔が赤い自信がある、とシエルは混乱した。
2人の顔を見るのが恥ずかしくて、でもおずおずと顔を上げると2人は何故か硬直していて。
「「…可愛い」」
『へ?』
ヤムライハがシエルを抱きしめている腕に力を入れ、後ろからシャルルカンに抱き着かれ、サンドイッチ状態。しかも片方は男性。
思わず悲鳴をあげてしまったシエルが解放されるのはそれから数分先の事だった。
挟み挟まれ間奏曲
(ちょっと!アンタシエルちゃんから離れなさいよ!)
(いーやお前が離れな!)
(…2人とも、シエルが気絶してますよ)