シエルへ暗殺者と思われるものが手向けられた、というのは無事に無傷で帰還したアリババとシエルによって報告された。
シエルは終始何も喋らず、ただ虚ろな瞳に目の前の事象を焼き付けているだけだった。
程なくして戻ってきたシャルルカンからも、何も情報を得ることができず相手もすぐに撤退してしまったという。
真っ黒な衣服で顔も体も覆われていたため性別の判断もできない。
ただわかっていることはシエルを狙っていることは殺気から明らかであったということ。
「そうか…突然のことで驚いただろう。アリババくんもシャルルカンもよくやってくれた」
一国の王がいる王宮だ。暗殺者が出るということ自体は日常茶飯事である。
問題は端から見ればただの神官であるシエルを狙ってきた、ということだ。
つまりはシエルの力…ウリエルの力の存在が露呈していることに同義する。
どこから情報が漏れたのかはわからない。
だがこうも早いとは、とシンドバッドは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。
「とにかくそちらの方には俺からも手を尽くそう。シエルは……」
『………しばらく、一人にしてもらえますか…?』
「…あぁ。だが部屋の前には護衛を置かせてもらう。いいか?」
シンドバッドの問いにシエルは無言で頷いた。
一礼し、ふらつく足取りで部屋を出て行こうとしたシエルを後ろで控えていたヤムライハが支えていく。
その背中はいつもよりも一回り小さく見えてその様子は痛々しくもあった。
「……大丈夫ですかね」
「…暗殺者を探し出すのは容易だろうが…あればかりは俺達にはどうしようもない」
「シエル…」
目の前で体感した人の"死"
それは予想以上にシエルに精神的なダメージを与えた。
ただの死ではなく、自分のせいだとシエルは自分を責めるだろう。
だが彼女は自分で向き合わなければならないのだ。
この世界においての人の死の価値観と。
力を得るというのが何を呼ぶのかを。
項垂れるシエルに、シンドバッドは何もできない自分を歯痒く思い己の歯を噛み締める。
今出来るのはいち早くシエルを狙う暗殺者を特定すること。
シンドバッドは早速王宮内の信頼ある配下を呼んだ。
『……』
まだ親から自分を称するための名前を貰うことすらできなかった赤ん坊を殺したのは間接的には自分。
あの悲鳴が頭から離れない。
命は、そう簡単になくされるべきではない筈なのに。
背後から擦り寄る恐怖にガタガタと身が震える。
遠ざけた意識の中で扉の外で誰かが言い合っているのが聞こえた。
ここまで送り届けてくれたヤムライハがそのまま護衛にいることは知っている。
なら言い合っている人物は誰だろう、考える間もなくドアは開きシエルは目を見開いた。
「シエルちゃん!」
『セシルさん…』
「大丈夫!?怪我はない!?」
シエルの両肩を引っ掴む勢いで掴み、体の隅々を見渡すようにして全身をくまなく確認するのは、ここ数日で一番シエルに関わりがあったであろうセシル。
「ごめんなさいね…ヤムライハ様に一人にしておいた方がって言われたんだけど心配で…」
心の底からシエルを心配するように眉尻を下げる。
自分の為にわざわざ上司であるヤムライハにことを申し立ててくれたのか。
その心にシエルは既に泣きそうになって、でも今の自分に泣くことは許されない気がしていた。
しばらくは迂闊に一人にはなれない為、きっと仕事の話なども考えジャーファルなどから聞いたのだろう。
それも考えられるぐらいなぜか頭は冷静だった。
あまりの出来事に逆に事の理解に対して冷静になっているのかもしれない。
冷静になっても頭の整理がつかないことは同じ。
いつもと明らかに様子の違う無言のシエルをセシルは抱きしめる。
『……あ』
「辛かったでしょう?怖かったでしょう?」
「大丈夫、もう思いっきり泣いてもいいのよ」
抱きしめられた腕の中はとても暖かくて。
まるで母親に抱擁される子供のようで。
―この温もりを私は奪ってしまったんだ。
セシルの胸の中でシエルは悲鳴とも叫びともならぬ声を上げた。
悲痛な叫びは空に溶け、夜は更けていく。
僅かばかりの純情
(それ故の、悲痛)
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