2度目の市場もやはり人混みで溢れ返っていた。
アリババとシャルルカンに挟まれやって来た市場には老若男女ありとあらゆる人たちが集まっている。
1度しか来ていないので勿論露店の記憶は薄らとしかない。

シエルが視線を右往左往させながら目移りする姿を見てアリババは連れてきて正解だったと思った。
新鮮な果物を買ってみたり、外国からの珍しい陶器を見てみたり。
新たな発見を共に、リラックスも兼ねてこの市場に来るのは意外に楽しい。

そんな中シエルは露店の並びに記憶がある、と思って周りを見渡した時見覚えのある店を見つけた。


「あれ、この前の神官様じゃないか!」
『あ、この前の…!』


その露店に立ち並ぶのは輝く金属器。
ここは、シンドバッドにあのブレスレットをもらったあの店だ。


「シエル知り合いか?」
『えっと、シンドバッドさんとここに来た時に…』
「王サマ?」
『あ…っ!』

「そうそう、あの時王様がそのブレスレットプレゼントしたんだよねぇ!」


バッ2人の視線がシエルの右腕に行った。
しまったと腕を隠そうとしたが既に2人の視界にはしっかりと輝く金属器が捉えられている。
逆に隠そうとする動作が悪目立ちしたのかあっさりとバレてしまった存在にシエルは顔を赤くした。
アリババは微笑ましいものを見る目で、シャルルカンはなんとも複雑な表情でシエルを見つめる。


「それ…シンドバッドさんからのプレゼントだったのか」
「…道理でジンも宿るわけだよなぁ……」

『あの…一応内密に…』
「大丈夫だって、言ったとしても誰も何も言い触らさないだろうから」


そんな会話をしていると店の奥から子供の泣き声が聞こえた。

声を聴いて気付く。
この前店に来た時には女店主のお腹はとても大きかった。
だが現在、そのお腹の膨らみはなくなっている。

つまりは、答えは1つ。


「おい泣き出しちまったぞ!」
「もうアンタったら!何してんの!」

『その子…』

「え?あぁ。ありがたいことに、無事に子宝に恵まれたのさ」


店の奥からやって来た夫と思われる男性が小さな赤ん坊を抱えて来る。
愚図る赤ん坊を優しく抱きかかえ、笑う女店主にシエルは目を見開いた。


「おぉ、おめでとうございます!」
「あらありがとう!」
「男の子ですか?女の子ですか?」
「女の子さ!名前はまだ決めてないんだよ」

『…』


暖かく腕に抱きかかえられている赤ん坊。
母親と父親の温もりに包まれた、愛情をその一身に受けているのがひしひしと伝わってくる。

"家族の愛情"

シエルが全くその身に受けずに育ってきたそれ。
母の腕に抱かれた赤ん坊はすぐに笑顔を取り戻し、無垢な笑顔を浮かべている。


「あんたも抱いてみるかい?」
『え?わ……私ですか?』
「あんた以外誰がいるの!ほら!」

『あ……!』


半ば無理矢理のように腕に押し付けられた小さな命を慌てて抱き留める。
暖かい赤ん坊の温もり。

自分の顔を見て、そしてまた無邪気に笑う姿にシエルは目頭が熱くなるのを感じた。


「あら珍しい」
「その子が初対面の人に笑うなんてな…!」

『え…、笑わないんですか?』

「初対面の人には緊張するのか笑わないんだよ」
「へぇ〜じゃあシエルスゲーじゃん!」
「シエルちゃん子どもにも好かれるんだな」


こんな感情があるのかもわからない赤ん坊にでも心を許された気がして。
なんとか落ちそうになる涙を堪えながらシエルは口を開く。


『…アナタは幸せに育ってね』


だが不穏の雲は背後にまで迫ってきていた。
精一杯の笑顔を浮かべ、赤ん坊を母親の腕に返そうとした途端。




「シエルちゃん!!!!!」

『え……?』




何も理解を要さぬまま、目の前で舞い散る血飛沫。

シャルルカンが血相を変えて伸ばした手
アリババが手にかけた剣

冷徹に佇む1人の人影
手には鋭利に光る剣
その剣に滴る真っ赤な血


「いやぁぁああぁぁぁぁぁぁ!!!」



響き渡る断末魔


「クソッ、アリババ!シエルちゃん連れて逃げろ!」
「でも師匠!」

「逃げろってんだよ!アイツの狙いはシエルちゃんだ!!!」

「……!」
『あ……!』



剣を取ったシャルルカンがアリババに叱咤し、アリババはシエルの手を取って走り出す。
頭は混乱したままだったが今1つわかる事。



『アリババくん!待って、あの子…!』

「諦めろ!」


残虐にも突きつけられる事実。






「もう死んでる!!!!」





1つの命が今、儚く散った。








裏切りの産声

(視界も、手も、瞳ですらも)
(真っ赤に染まってしまった様な気がした)

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