下女の朝は早い。
シエルもどちらかと言えば早起きな方だが、下女はそのような人の身の回りも気にするのだから誰よりも早いといっても過言ではないだろう。
朝日を一身に浴び、思いっきり伸びをして息をつく。
まだ少し眠かったもののこの時間に起きるのもまた気持ちがいい。
『セシルさん、おはようございます!』
「おはようシエルちゃん。早速だけど朝食の準備に行くわよ!」
『はい!』
王宮で働く者達に良い一日のスタートを切ってもらう為にはエネルギーが必須。
それを補佐するのは見かけによって大変であるが、やり甲斐はある。
下ごしらえに配膳の準備、料理自体には関わらなくともやるべき事は両手には収まりきらない。
自室で朝食を取る者には部屋まで行かなければならないし、片付けもままならない。
「シエルちゃん、次こっちお願い!」
『わかりました!あ、セシルさんこっちのお皿そっちにお願いします!』
できるだけスムーズに、効率よく。
そんなことを考えるのは嫌いじゃないので手を動かし、頭もフル回転させる。
やっと仕事が一段落したころには食堂の人気はかなり引いていた。
「お疲れ様!さ、今から私達も朝食よ」
『はい……』
勿論自分達の事は後回しだったので朝食も二の次。
立ちっぱなしだった足を休める様に席に着いて、一仕事終えた後の朝食は格別に美味しかった。
「どう?なかなか大変でしょう」
『楽しいんですけど楽じゃないですね…』
「でもへこたれたら駄目よ?これが終わったら洗濯があるんだから」
『が、頑張ります!』
「あぁ、誰かと思えばシエルじゃないですか」
『え?あっ、ジャーファルさん!』
「お疲れ様ですジャーファル様」
「セシルもお疲れ様です」
「勿体ないお言葉ですわ」
完全に油断していたシエルの背後に見知った人影。
セシルは慣れたように両手を合わせて頭を垂れる。
2人の様子は仕事の手解きが順調であることを示し、ジャーファルは口角を上げた。
隣失礼します、とシエルの隣に腰を下ろしたジャーファルが朝食を食べながら思い出したように声を上げた。
「シエル、よければ後でシンに朝食を届けて貰えますか?今一段落しましたし、貴方の顔を見たがっていたので」
『私がですか?』
「シエルちゃん、シンドバッド様に愛されてるのね。私も手伝うわ」
『あ、すいません…』
「あら、こういう時は"ありがとう"よ?」
シエルを黙らせるように一口大に千切ったパンをシエルの口に押し込み、セシルはウインクをして見せた。
『…ありがとうございます』
はにかんで見せるシエルとセシルの光景が微笑ましくジャーファルはまるで親子を見ているようだとすら思った。
仕事を任せられたからには早急にこなさなければならない。
朝食を食べ終え命によりシンドバッドの元に運ぶ朝食を準備する。
『すいませんジャーファルさん!失礼しますね!』
「えぇ。いってらっしゃい」
『いってきます』
同じ王宮内だけど、こんな些細な会話にシエルの心は弾んでいた。
当たり前の事、当たり前の会話。
日常というものを胸に感じつつセシルと共に朝食を運ぶ。
その口元はどうしても緩んでしまいセシルにも幸せそうねと笑われてしまった。
それなりの距離を経てシンドバッドの自室に辿り着き、コンコンとできるだけ聞こえるような音を立ててノックをする。
『シンドバッドさん!朝食お持ちしました』
されど反応がない扉。
あれ、ともう一度声を掛けようとドアに近付いた途端に大きな音を立て扉が開いた。
「シエル!」
『きゃぁ!!』
唐突なことに避けることも許されなかったシンドバッドの抱擁はなかなか猛烈なもので。
倒れそうになったのをなんとか堪えて苦しさを訴えれば正気に戻ったシンドバッドの体は離れていった。
セシルはそれを優しく見守っている。
どうせなら止めてくれればよかったのにと思うがその笑顔の裏、何も言えない。
「シンドバッド様、朝食をお持ちしました」
「おぉ!わざわざすまんな」
「ジャーファル様からの命にございます」
「そうか」
シエルが朝食を運ぶ様子に、食堂に朝食を食べに行かせたジャーファルの計らいを見てほほうと感心の声を上げる。
「それにしても、なかなか板について来たようだな」
『セシルさんのおかげですよ』
「あら、褒めても何も出ないわよ?シエルちゃん優秀だしこっちも助かってるんだから」
『そ、そんなことないです!』
「下女の間では有名よ?」
「シエルはどこへいっても人気だな!」
「えぇ。本当に」
『ほ…褒めてもなにもなりませんよ…』
大人2人に囲まれなぜが逆転してしまった形勢に恐縮。
恥ずかしさにこの場を去りたくてセシルに必死に目で訴えたが返ってくるのは意図的な笑み。
もう、とシエルがむすりとすると今度はシンドバッドが笑い出した。
「こうしてみていると2人が親子の様だな」
『!』
親子関係を築くということ。
築くことのできなかったそれを今自分は築けているというのか。
「そうですね…シエルちゃんは娘みたいなものです」
『……セシルさん…』
「じゃあその優秀な娘には洗濯も付き合ってもらうわよ?」
茶目っ気を含ませた笑いはシエルだけでなく再びシンドバッドの笑いも誘うこととなった。
喜びの空に手を
(どんなに欲しても届かないと思っていた)
("日常"が今ここに)