―我が力を手に入れたくば目を反らすな

―そしてシエル、黒い三日月に惑わされるな





『…夜?』


目が覚めた時、シエルは自室のベッドに寝かされていた。

働かない頭を覚ましながら辺りを見回し、机の上には"何か食べたかったら下女にいいなさい。話はつけてあります"との書き置き。
字体と言い方からジャーファルだろう。
魔力を使いすぎるとこうなるのかと身をもって知ったと同時に申し訳ない事をさせてしまったと思う。
そして夕飯を食べてなかったと言うことを意識して空腹感がやってくる。
意識していなければそうでもないのだが、意識してしまえばお腹が減ってしまうもの。
でもシエルの思考は今一度先程聞いた言葉がリフレインしていた。


『目を反らすな…黒い…三日月…』


あの声はウリエルなのは確かなのだが、何を暗示しているかは全くわからない。
考えるだけお腹が減ってきてなにか貰いに行こう、とベッドから足を下ろした時、背後の吹きさらしていた窓から強い風が吹いた。

反射的に目をつぶり、自然に風が止む。目を開けて、視界が広がってきて、1番初めに視界に入ってきたのは怪しくも美しい、黒く輝くルフ。


『え…』


吹き乱れた髪を掻き上げながら振り返った先に。





『……だれ…?』





同じ黒い髪、黒い服、闇に溶ける服装に光る血の様な赤い瞳。
ウリエルと同じ赤なのに、なぜこんなにも不安を煽られるのか。


「やーっとご対面か」
『え?』
「俺はジュダル。あのアラジンとか言うガキと同じマギだよ」

『!』


スタッとシエルの部屋の床に降り立ちにこりと人当たりのいい笑みを浮かべるマギ、ジュダル。
マギ=アラジンという概念から、シエルがジュダルに警戒心を抱くことはなかった。
ただこんな唐突な出会いを果たすとは思ってもいなかったシエルは同様を隠せないでいた。

徐々に距離を詰められ、伸びてきたジュダルの手がシエルの顎を掬う。


「お前がウリエルの主?」
『…そう、ですけど…』

「名前は?」
『シエル…セレナーデ……です。あのっ、どうしてジュダルさんはここに?』

「んー?だってあのウリエルが主を決めたって言うじゃん?だから気になって探しに来たってワケ」


ジュダルの言葉にやっぱりウリエルってマギの人まで嫌いなんだ、と変なところで感心してしまった。


「…にしても、お前って普通の人間だよな。魔力量はかなり可愛いげねぇけど」

『え…っと、実は私普通の人間…ではなくてですね…』
「は?」


顎を掬っていた手がパッと離れて意味不明と言わんばかりの表情でシエルを見据えるジュダル。
普通は理解して貰えないよね、と自負しつつもこの事はマギであるジュダルには言っておきたいことだった。


『理解して貰えないかもしれませんが…私、この世界の人間じゃないんです』


少しの間を置いて本日二度目のは?と言う台詞。
惑うシエルを尻目に、また少しの間を置いて飛び出したのはジュダルの笑い声だった。


「おもしれぇ…ウリエルの主人は異界の住人ってか!」

『あ、あの…信じて下さるんですか?』
「あぁ信じてやるよ!」


収まらない笑いを必死に堪えるジュダルに、まさかこんなあっさりと信じてもらえるとは思ってもいなかった妙な嬉しさが込み上げる。


「いやー…なるほど異界の住人か。ウリエルらしいっちゃらしいな」


笑いが収まったジュダルがピタリと目を止めたのはシエルの右腕。
ジンの宿る金属器であるブレスレットだった。
マギだからわかるのであろう、ジュダルの視線に気付いたシエルが右腕を持ち上げる。

六芒星の描かれた宝石の埋まった、あっさりとはしていたが身には不釣り合いなぐらい装飾の施されたブレスレット。
生まれて初めて人からもらったプレゼントだ。


「そいつにウリエルが宿ってるワケだ」
『はい』

「つか、異界ってことはこっちに来たのは身一つだったんだろ。それって異界のか?」
『これは…貰ったんです』
「貰った?」


『はい。シンドバットさんに』


シンドバット、その言葉にジュダルは目を見開いた。
そして再び啖呵を切ったように笑い出したジュダルにシエルは逆に驚いてしまった。
夜だということにも関わらず部屋に響く笑い声は高らかなもの。

心底楽しそうなジュダルの笑い声が収まって、笑い過ぎのせいか滲んだ涙を擦りながらシエルの肩に手を置く。


「シンドバッドと仲いい感じなんだなお前」
『いい…んでしょうか…?』

「あー…面白いことも聞けたし、今日は帰るとするわ」
『面白いこと?』


そう言ってジュダルはニヤリと笑った。
面白いことを聞いた。本当にそういった笑顔はシエルにとってなんとも言えぬ思いにさせるがジュダルが何を考えているかは全くと言っていいほど読めない。



「俺がここに来た事は誰にも言うなよ。あいつがうるせぇだろうし」
『あいつ?』


あいつという言葉の指す人物が思い当たらなくて首をかしげたが結局ジュダルからその人物を教えられることはなかった。
窓に足を掛けたジュダルが振り返って一言。




「じゃあなシエル。また会おうぜ」





彼の背中に見えた、今宵は三日月。
ジュダルの黒いルフと同じ、怪しくも美しく孤を描く三日月だった。









渇いた口先に甘い誘惑

(ジュダルさんにはまたすぐ会えるような、そんな気がした)


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41話にしてようやくジュダルのフラグ回収開始。
2部ではジュダルが出張る(予定)です。

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