シエルは自分の行動に我ながらビックリしていた。
いくら酔って寝てしまっていたとはいえ口走っていた言葉に驚きが隠せない。
嘘は言っていないとはいえ、そんなことが自分の口から出るとは。

照れ隠しに逃げてしまったものの熟睡したあの様子ならきっと大丈夫だろう。
聞かれていたなら今すぐに穴があったら入りたいレベルだ。

こうなった原因である、先程完全に怒るタイミングを逃してしまったヤムライハを探す。
あのままシンドバッドを放置しておくには流石にダメかと確信犯でどこかへ行ったのであろうジャーファルも同時に探すことに。
自分はやたらと知り合いに見つかるくせに自分の探し人はなかなか見つからない。
そんなものか、と探している内に経過する時間がどんどん恥ずかしさを募らせていかせる。
むかむかとした気持ちと羞恥心がピークに達した時、ようやく探し人が見つかった。


『ヤムライハさん!』

「ありゃ?シエルだ〜!ヤムの言う通り綺麗じゃん」
『…やっぱりジャーファルさんもいらっしゃったんですね…』
「えぇ。ピスティがヤムライハと飲みたいと言い出したのでね」

「で?王とはどうなったのよ?というかなんでシエルちゃん一人なの!」
「そこは襲われたってよかったのにね」
「明日の仕事に響きますので私が許しません」
「今日ぐらい許してやりなよ」
「そうですよ。王も頑張ったことですし」
「多少の落ち度はあったけどね。シャルにちゅーされたり」
「は!?あの剣術バカそんなことしたの!?」
「それなら先程シンが愚痴ってましたよ」
「シエルちゃんの純潔は私が守るわ…!」
「いやいやむしろ誘惑しちゃいなよ〜」


少し酔っているのだろうか、体には似合わない大きな杯を持ってシエルをつつく。
面白そうなことこの上ないような表情のピスティ。
先程の状況の中そういうことを言われてしまうのは凄く複雑な気分でありシエルは自分でも自分の思考回路が訳の分からないことになる。



『な…なにを、貴方たちは…好き勝手……!』



油断していたのかガシィッとピスティの持っていた大きめの杯を簡単に奪い取り、勢いに任せて中に並々と注がれていた酒を喉の奥に無理やり流し込んだ。
初めて飲んだ酒は焼けるような痛みを伴ったが今はそんなことどうでもよかった。

シャルルカンの酒の誘いをわざわざ断ったのに、結局こうした形で飲む羽目になるとは。
強い苦みと熱が口内に広がり頭がぼんやりとしてくる。
普段の性格からは考えられないシエルのそんな行動に驚いたのか3人は目を見開いた。
喉を鳴らしながら杯の酒が減っていく。
唖然と様子を見ているしかなかった中ジャーファルが口を開く。


「ピスティ…」
「…なに?」
「あの酒の濃度は?」

「………超高い」


ピスティがそう言ったのとシエルが杯を手放したのはほぼ同時だった。


「……シエル?」


恐る恐る。
どうなるかもわからないシエルに声をかけたのはヤムライハ。

だがそのどうなるかわからないのを楽しんでいる様子のピスティ。
そういう所にシエルは怒ったのかもしれないがこの際それは置いておこう。
下を俯いたシエルから返答がない。
いい加減心配になってヤムライハがもう一度名前呼び、顔を覗き込んだ。瞬間。


『ヤムライハさん〜!』
「「「!?」」」


シエルはガバリと音を立てながら極上の笑顔でヤムライハに抱き着いていた。

笑い上戸か、3人が理解を強いられた一瞬にヤムライハはどうしたものかと様子を伺う。
普段ならシエルから誰かに抱きつくなどある筈がない。


「だ、大丈夫…?」
『…あたまがふわふわして…気持ちいいれす……』

「あ、駄目だわこの子」
「呂律も回ってませんしね」
「部屋運ぶ?」
『いやれす』


口答えとは珍しい、これが酒の力か。
ヤムライハから離れないまま片手で酒の注がれた杯を手に取ったシエル。
げ、と止める前にまた酒を喉の奥に押し込んだ。


「こら!これ以上はダメです!」
「そうね。もうやめときなさい!」
『え〜…』
「えーじゃない!いつもの貴方はもっと従順でしょうに!」


シエルの手から杯を取り上げ声を張り上げたのはジャーファルだった。
これは面白いと言わんばかりにピスティは他の面子を呼びに行かんとそそくさとその場を撤退。
ヤムライハもされるがままに抱き着かれたままである。

よりにもよって濃度の高い酒を飲んでしまったが為の事故、と片付けられればいいがこの事を本人が後に知れば羞恥にのた打ち回ることになるだろう。


『じゃーふぁるさんのいじわる…』
「意地悪じゃありません!全く…とりあえず部屋に…!?」

『…ん…ぎゅ〜………』


次の矛先はジャーファルにロックオンされてしまったらしい。
あっさりヤムライハからジャーファルの胸に飛び込んでいったシエルはやはり終始笑顔だ。
笑い上戸、ついでに抱き着き癖でもついているのか。

眠気も誘われているのか表情は少しとろんとしている。
ありえないシエルからの抱擁に一瞬思考を乱されたが流石に冷静沈着なジャーファルが取り乱すことはなかった。
が、取り乱してはいないが驚いてはいた。
当たっている。
何がとは言えないが。柔らかいものが、確実に。


「…離れなさい」
『……や』
「シンの所に連れて行きますよ」
『や』

「(…王は拒むんだ…)」
「(シン…お酒の力を借りても恥ずかしがられるとは)」




「あー!ジャーファルさんなにシエルちゃんに羨ましいことを!」




この声はさっき聞いた。
思ってシエルが顔を上げれば自分とジャーファルを指さすシャルルカンの姿。
後ろではピスティがニヤリと笑っている。

話をややこしくしてくれたなという視線をピスティに送ったジャーファルだったがそれを声に出すことはなかった。



「ずるいぜシエルちゃん俺にも!」

「何言ってんのよ剣術バカ!」
「うるせぇ!決めるのはシエルちゃんだ!」



お決まりの言い合いが始まってしまう中、シエルはボーっとその様子を見ていた。
行くのか行かないのか。
うるさそうに片耳を抑えているシエルを見るとジャーファルは行かないだろうと思っていたが予想に反してシエルはジャーファルの腕を抜け出していった。


「「!」」

『しゃるさん…うるさいれす』
「(うぉぉ…!シエルちゃんが俺の胸の中に…!)」


「…なーに鼻の下伸ばしてんのよ!」
「は?…あー!」
『…あ』


シャルルカンが見たのは束の間の夢だった。
すぐに引き剥がされたシエルが覚束ない足取り後ろにふらりと倒れ込みかける。

そんなシエルの背後に丁度立っていた人物がシエルを受け止め、酒の周り真っ赤になったシエルを見て驚いて言った。


「うおっ、シエル?」
『ありばばくん…あらじんくん』

「わっ、エルさん顔真っ赤だよ?」
「どした?………は!?」
『…ん…』


「オイこらアリババー!!てめぇなんて羨ましいことを…!」
「アンタまだ言ってんの!?いい加減にしないと王に言うわよ!」

「わー!エルさん柔らかいねぇ〜」
「え?…は?!ちょ、シエル、酔ってんのか!?」
『…よってない』
「(…酒くさっ!)」


シエルの言葉は即座に脳内全否定。
絶対酔ってる。確実に酔ってる。

アリババは唯一まともに話の通じそうなジャーファルを見やれば静かに頷かれた。
やっぱりかと思ったけども意外に強い力で抱き着かれていて無理に離すのも悪い。
アラジンに至っては完全にこの状況を楽しんでいるし、やんわりと離れろと言ってみたがシエルはやだと一蹴。
シャルルカンの疎ましい視線が痛い。

ここまで見越してこの面子を呼んでいたならこの中での一番の成功者はピスティであろう。


『あ……』


気まぐれにアリババの胸から出ていき、アラジンから手を離し、シエルの今度の行き先。


『もーるちゃん!…まするーるさん!』
「マスルールまで!?」
「げ…先輩」

「…!?……シエルさん…?!」
「…酒臭いぞ」


どこまでピスティはこの輪を広げるのか。
無差別に抱き着きに行くシエルの腕はマスルールとモルジアナに回しきれていない。
と言うかマスルールが大き過ぎるだけなのだがお構いなしに2人纏めて抱き着いている。
モルジアナは戸惑ったがマスルールは至って冷静。

それどころか酒の匂いの方が気になるのかスン、と鼻を鳴らした。


「…さっきまでシンさんと一緒だった筈だ」
『…しりませんっ』


視覚か聴覚か嗅覚か、シエルとシンドバッドが一緒にいたことはすぐにバレていたのだろうがあくまでもそのシラを切る。
何かあったのか問おうにもこの様子では喋ることはないだろう。

酔っぱらいの対応には慣れたもの(と言うかいつもと変わらない)
マスルールは戸惑うモルジアナに目でコンタクトを取り、黙って回りきらない腕をそのままにさせておくことにした。


『しんどばっどさんなんか……』


ファナリス2人の聴覚でこの近距離で聞こえるか聞こえないかの音量。
誰にも言わないつもりだった思いが、酒の力で口から零れ落ちていく。


『…だいすきなんですから…』


この言葉を最後に、シエルから聞こえてきたのは寝息だった。
おそらく今つぶやいた言葉は最低でも2人にしか聞かれていないだろう。
酒の抜けない真っ赤な顔で呟かれた言葉。

愛に飢えた彼女から呟かれた愛の言葉。

これは聞かなかったことにしておこうか、と2人は言葉も交わさずに思ったという。
それよりも大変だったのはシエルが気を失ってからだったらしい。
それを知ることになったのは次の日。シエルが目を覚ましてからになる。





貴方に贈る福音歌


(シエルちゃんを部屋に運ぶのは俺の役目だ!)
(…先輩だけにはさせちゃダメっすね)
(んだと!?)

(…私が運ぶわ)
(ヤムよろしくー!)
(……楽しそうですねピスティ)
(…てへっ)

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