―シャルルカンの奴図ったな


完全にこちらに向けての含み笑いが見て取れて思わず酔いも少し引いてしまった。
まさかシャルルカンがシエルにキスするとは思っておらずシンドバッドの胸の内に形容し難い感情が渦巻く。



「シン、顔に出てます。顔に」
「なんのことだ」
「とぼけなくても結構ですよ。貴方が女性を遠ざけるなんて私じゃなくとも何かあったとわかります」

「………」



シャルルカンの安い挑発に苛ついたのは確かだ。
そしてその後シエルがこちらを伺ったのを見てなんだかやるせない気持ちになった。

周りに座っていた女を全員遠ざけ、今は隣にジャーファルが佇むのみ。
杯に並々と注がれた酒を飲み干し、程よい熱を感じる。


「わかりやすいですね」
「…うるさい」


苛立ちは加速し、次々に酒を喉に流し込んでいく。
付き合え、と杯を差し出せば失礼しますとジャーファル。
後の事を考慮し嗜む程度にしか酒を飲まないジャーファルだが王の言うことならば仕方がない。

手のかかる人だ、とどこか子供の様に扱いつつ上手くそれに付き合う。
長くシンドバッドに仕えていればその付き合い方はお手の物。


「だいたいシャルルカンはなぁ…」
「彼のアレはいつものことでしょう」
「いーや今回ばかりは確信犯だ。俺が保証する」
「なんの保証ですか」

「それにシエルは無防備すぎる」
「あぁ。それには同感です」
「だろ?」


話が進むに連れて酒が進む。
シエルは無防備だのジャーファルが小姑臭いだの最近マスルールが冷たいだの、シンドバッドに纏わり付く話題は尽きない。
そろそろシンドバッドの言葉が支離滅裂になる頃。

そして同時に遠目に見えたヤムライハにジャーファルは口元を緩ませた。


「ほら、噂をすればご登場ですよ」
「……は?」

「王ー!!」


物凄く楽しそうな、そして面白そうな笑みを浮かべてヤムライハが駆けて来る。
ヤムライハの噂はしてないぞと言う前に、よく見ればその背後に誰かの姿。
手を引かれているもののぴっちりとヤムライハの後ろに引っ付いている為に全容が見えない。


「ふふふ、今回は張り切っちゃいましたよ」
「…何をだ?」
「今すぐその酔いを覚まして差し上げます!」

『きゃあ!?』


引いていた手を引っ張り、背後に隠れていた人物の背中をドンッと押した。
短い悲鳴と共にシンドバッドの元に飛び込んできた小さな体。
きらびやかな衣装の合間、ちらりと見えた髪色は美しい銀色で。



―まさか。


『ご、ごめんなさいシンドバッドさん!』



聞こえたのは聞き慣れた声。
ヤムライハの言った通り、シンドバッドの酔いは覚まされてしまいそうだ。


「…シエル……?」
『〜〜!!』


腕の中で顔を上げたシエルは真っ赤だった。
いつもは見ない少し露出が多めな衣装から覗く手足は細く白い。
白い肌が赤くなるのはとても目立ち、頬はまさに林檎のようだ。

羞恥から反らした視線はニヤニヤと笑みを見せるヤムライハへ。
よく見れば隣のジャーファルですら楽しそうな笑みを浮かべている。


『ヤムライハさんだから言ったじゃないですか!シンドバッドさん呆然としてますよ!』
「何言ってるの!シエルちゃんの色香に毒気抜かれちゃっただけよ!」
『ありえないです!』


普段は控えめなのに自分を悲観視する時だけは口調が強くなる。
シエルの悪い癖だろうか。だが顔を真っ赤にして言われたところでなんら説得力はない。


「では私はこれで失礼します!あ、手は出しちゃダメですからね!」
『え、ヤムライハさん?』

「私も一旦失礼しますよ。あちらでピスティが騒がしいので」
『…ジャーファルさんまで…?!』


では、と颯爽と姿を消してしまった2人。
悲願の視線は虚しく宙をさ迷い、沈黙が流れる。
いまだにシンドバッドの腕の中にいることに羞恥しか持たないシエルは腕から抜け出そうとしたが意外にもその力は強く、抜け出すことができない。


『あの、お目汚しだと思うので着替えたいんですが…』
「着替えなくていい」

『でも…シンドバッドさんの周りには綺麗な方が沢山いらっしゃるじゃないですか』
「シエルの方が綺麗だ」


瞬間、シエルは一瞬の浮遊感を味わい、状況を理解する前にシンドバッドの膝の上に乗せられていた。
恥ずかしがる間も与えずシエルの腰を引き、ない距離が更に縮まる。




『シンドバッドさん…?』


「いくな」




耳元で囁いた言葉がシエルに染み渡る。

―もう、覚めかけた酔いのせいにしてやろう

シンドバッドは膝の上のシエルを掻き抱いて顔をシエルの肩に埋めた。
心臓の鼓動が聞こえてしまいそうな感覚に陥ってシエルの目が眩む。
酒のせいか、若干高い体温に荒い息。
くすぐったくて身をよじろうにも逞しい腕がしっかりと巻き付いていて動けない。
成すがままにされ、ぎゅっと目をつぶる。


「俺の傍に…」


その言葉の続きがシンドバッドの口から紡がれることはなかった。
変わりにやってきたのは重量感。

目を開けてみるとシエルの肩に頭を乗せたままのシンドバッドから寝息が聞こえてくる。

今の心構えは一体なんだったんだ。
そう思ってもシンドバッドの安らかな寝顔に口元は緩む。
少々酒独特の匂いが漂い若干鼻を塞ぎたくなったものの腕が上手く自分の口元へまわせない。

そしてなにより…この状態はとても羞恥心を誘う。
まだ周りの誰も気付いてはいないが、いつジャーファルが戻ってきたりするかもわからない。



『(ごめんなさいシンドバッドさん…!)』



こうなってしまえばやる行動は1つだけ。
静かに、なによりも迅速にシンドバッドの腕から抜け出し自分より一回りも大きい体をソファに寝かせる。

すっかり酒が回っていたらしい。
動かない体にそっと手を伸ばそうとして、引っ込めて。
また手を伸ばしてサラリとソファから流れ落ちる長い髪に触れた。

一度辺りを見回して周りに誰もいないことを確認する。
そっと体を屈め、シンドバッドの耳元に顔を寄せて、シエルは小さな小さな声で呟いた。




『…大好きです』




誰も聞いてませんように。
呟いた言葉は宴の席に消え、シエルはあまりの恥ずかしさにまた宴の場を走るのだった。






体の火照る奏鳴曲

(この宴の空気に酔って)

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