誰もが迷宮からの帰還を祈り続けていた。
未知の迷宮。無事に帰れる保証はどこにもない。

既に夜は明けている。
朝日が部屋に差し込んできた頃、シンドバッドはゆっくりとその瞳を開いた。


「シン!」
「おじさん!」
「王!」


まだ状況判断はうまくできないらしい。
すっきりしない頭で辺りを見渡す。

握ったままのシエルの手は暖かい。
だがまだ目は覚めていないらしい。その瞳は閉じられたまま。


「…戻ってきた…のか…?」
「ご無事で何よりです」

「王サマ!…シエルちゃんは…!?シエルちゃんは大丈夫なんですか…!?」
「大丈夫。じきに戻るだろう」
「じゃあ…!」
「あぁ。シエルは無事に迷宮を攻略した」


わっと一同が湧いた。
手を取り合って喜ぶ者、安心に肩を撫で下す者。
多様な反応を示す中シンドバッドはシエルの頭をそっと撫でた。

本当によく頑張ったと思う。
迷宮と言うのは肉体と精神を同時に試される場だ。
ウリエルは異質とも言おう、精神的なもののみを試される迷宮だった。
いつ目を覚ますかもわからないが、ウリエルが約束を破るようなものではないだろう。

シエルはウリエルに愛されている、シンドバッドはこの短時間でそれを知ることができた。
だがそれだけで十分だ。


「いつ目を覚ますかはわからないのかい?」
「それはウリエルとシエル次第…だろうな」


シエルは必ず帰ってくる。
その確信をもってシンドバッドは全員に仕事に戻るように命じたのだった。
















シエルの意識が覚めないまま3日が過ぎた。
シンドバッドはあの日から普段からは考えられないスピードで業務を終わらせ、シエルの部屋に入り浸っている。
仕事が終わらない日は仕事を持ち込み、時間さえあればシエルの傍を離れることはない。


「まだ目を覚まさないようですね」
「…あぁ」

「…あなたも体を壊さないようにしてください。シエルが目覚めた時にあなたがそれではシエルも気にしますよ」


この3日間の間は誰もが頭の中にシエルのことを気にかけているようでどこか覇気がない。
王宮全体の雰囲気もどこか暗い気がする。
シンドバッドも、仕事の鬼であるジャーファルもその中の1人だ。

早く目覚めてくれ。

誰もがそう思う中でも厄介事は回ってくる。



「王!!大変です!南の沖合に巨大な海洋生物が!」
「なにっ!?」
「現在東南地区にまで侵入しています!」



いつもなら謝肉祭だと騒ぎ立てる事態だがなぜこんな時にとシンドバッドは舌を打った。
この状況で何を祭ればいいのか。
騒ぐ気にもなれない心境をぶつける矛先が見つからず、現在王宮にいる8人将を招集するように命を下す。

きっと弟子であるアラジン・アリババ・モルジアナも着いて来るだろう。
誰へ討伐命を下すか、後の後処理は。
そう考えてはいても頭のどこかではシエルのことを考えている。


「王!」
「来たか!」

「僕らも来ちゃったけどよかったのかい?」
「この件に限ってはな」
「事態は迅速に進めた方がいいでしょうし」


こんな時でもシエルの傍を離れられない自分。
部屋に集まった8人将と弟子3人に状況の説明をする。
誰が行くか、最終的にはその話になるのだが正直今は全員が全員心配事を頭に抱えている中。
なかなか誰に命を出すかが決められず、時間が進んでいく。

シエルが意識を失ってからロクなことをしていない。
シンドバッドはそんな自分の不甲斐なさにイラつきすら感じてしまった。



「(待ってると偉そうなことを言ってこの様か…!)」



こうもペースを乱されることになるとは。
それだけシエルがどれだけ大きな存在だったかを知らしめられる。

だがこんなところで躓いているわけにもいかない。

自分はこの国の王。
それと同時にシエルの家族だ。
この居場所を守らなければならない。



「(…俺に力を貸してくれ…!)」



シンドバッドがシエルの手を手を握った、その時。




「「「「「「!!!!」」」」」」」




大きな光の柱が王宮の一室を包み込んだ。
目も開けることのできない眩い光。

敵襲、一瞬そんな考えも浮かびかけたがその光はとても暖かく敵襲だなんていう考えに至る者はいなかった。
徐々に細くなっていく光の柱。

そして光が止んだ時、目の前の光景に思わず全員が目を疑った。



『武器化魔装…聖十字光神弓(クロノス・サイカ)』



そこにはシエルが立っていた。
開かれた瞳はの色はアメジストではなくルビー。
シンドバッドはそれにウリエルの姿を見た。

右腕のブレスレットが右肩にまで及ぶ軽装の鎧のような形状に変化し、そこから発される光は弓を模している。
誰もが目を見開き、言葉を失っている間にシエルはゆっくりとその腕を上げ窓の外へ。

その方向は南東方面。
添えた左手から長い光の矢。

勢いよく放たれた矢は外に向かって消えていき、再び眩い光を放った。



「……シエル…」



無言を切り裂いた名前は、本当に小さく呟かれたもの。
武器化魔装が解かれたシエルの瞳は元のアメジスト色に戻っている。



『…ただいま………!』



その瞳から流れた一筋の涙と、とびきりの笑顔が。
王宮に笑顔と涙を運んできた。

震える体を抑えきれなかったシンドバッドは力一杯シエルを掻き抱いたのだった。








暖かい愛唱歌

(おかえり)
(言いたかったのはただそれだけ)

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