包まれた温かさはどこか懐かしくて。
ただどこか寂しくて、悲しくて。
私の名前を呼ぶ声は心地好くて。
でもどこか聞きたくなくて。


『シンドバッド…さん…?』


水面下に映った自分の目が見開かれた。

なんで、どうして。
ばしゃり、大きな水音。後ろを振り向く前に私を包んだ大きな体。


「シエル…シエル…っ!」

『…なん、で…』


こんなところに?
私はいらないんじゃないの?

なんで…なんでシンドバッドさんが泣きそうな顔をしているの?

状況の判断が全く出来無くなって頭の中がぐちゃぐちゃになる。
これは夢?夢の中でも夢って見れるものなの?
これが夢だとしたらなんて浅ましい夢だろうか。


―自由を願った筈なのに、こうして抱きしめて離さないでいて欲しいと思ってしまうだなんて。



「すまない…君をここまで追い詰めてしまって」
『…力がない私は、いらない?』

「そんな筈あるか!!確かに最初は君の力を欲していた自分もいた…だが今は違う!」

『…あ』


体が反転させられて正面から抱き締められる。
より一層力が強くなって、少し息苦しい。



「俺は…本来ならば王としては力を求めるべきだったのだろう」
『……』

「でもな、そんなことがどうでもよくなるぐらいに一人の人間としてシエルを求めてしまうんだ」



温かさを知った体は正直で、今までなんとも感じなかった私の半身を浸す水が冷たく感じてくる。



「君を悲しませないだなんて約束を守れなかった俺を憎んでくれたっていい。恨んでくれたっていい」



力強く囁かれる言葉は氷を溶かしていくように。








「力なんかなくてもいい…。これは俺の我が儘だ、」

「ずっと俺の隣にいてくれ…!!」







私があそこにいる意味を、居場所を。
当たり前の存在が許されたような、そんな些細なこと。
でもなんでかな、嬉しくって涙が止まらなくて。

単純って言われたらそうなのかもしれない。
言葉一つで全てを失い全てを救われる。
それでもいい。
こうして何度私が転んでも手を引いてくれる人がいるってわかったから。


『…はい』


最近泣いてばっかり。
そんな自分の腕をゆっくりと伸ばした。

真っ暗な空間が割れるようにして光が差し込んでいく。
武骨な指が私の目元の水滴を拭い去った時、気付いた時には水は引ききっていた。


「帰ろうシエル…俺は君を迎えに来たんだからな」

『…迎え…?』
「ジャーファルが、マスルールが、皆が君を待ってる」


不意に過ぎったあの王宮での日々。
嘘だと自分に言い聞かせても泣きそうになるぐらい楽しかったあの日々が。

でもそうじゃない。
私が1番気にしているのはそうじゃないの。


『…シンドバッドさんは…?』
「え?」

『シンドバッドさんは…私を待っててくれますか?』


私の居場所は貴方がいてくれなきゃ駄目なの。
この気持ちに気付いてしまったから。
誰に拒絶されても、ただそれだけが心配だった。
ここで拒絶されてしまったらもう私は生きて行く事すらできない。そう思ってしまう程に。

スッと私の両肩に手を置いて、シンドバッドさんの体が離れる。
それでも視線はまっすぐに交わったまま。




「当たり前だろう!」




何度も見た全てを照らす太陽のような笑顔が。
また泣きそうになって、でもそれを何とか留めて。

待っていてくれる人たちがいる。
それがわかれば私の胸にもう蟠りはなくなった。
シンドバッドさんの手を握って、立ち上がったら頭に直接響くこの空間の覇者。




―覚悟は決まったようだな

『ウリエル…!』

―今こそ主に力を授ける時




真っ白い空間が光り、その眩しさに目を瞑る。
光が収まり目を開けば宙に浮かぶ白と黒の天使の姿。

私は何度か夢の中であったことがあったけれど(ここも夢の中だけど)シンドバッドさんはその姿を初めて見たようで目を見開いていた。
今思うと夢の中にいるだなんて不思議な感覚だと思う。
他の人と共有した夢だなんて普通はあり得ないことだ。


「キミはそんな姿をしていたのか」
―私が主以外に姿を見せることなど普段はありえん。運が良かったな第一級特異点

「その言い方はよしてくれ。俺はシンドバッドだ」
―…そうか…ならシンドバッド。貴殿には貸しが1つできてしまったからな
『…貸し?』
「ここに来る前交わした約束さ。シエルは気にしないでいい」
―そうだな


なんだか2人の秘密事を作られたみたいで少し複雑だったけど。
シンドバッドさんが私の為にしてくれたことなんだろうってことはなんとなくわかったから言われた通り気にしないでおいた。

さて、とウリエルの視線がキッと私に向いた。
その真っ赤なルビーのような赤い視線は吸い込まれるようで。



―主はあの世界に残ることを望むか?
『…うん』

―後悔は?
『しない。絶対に』

―…承知した



腕に付けていたブレスレットが光り出して右腕を目線まで持ち上げた。
輝くルフが舞い上がって空に溶けていく。幻想的な光景。

開いた目と口が塞がらなくて思わず見入ってしまう。




―シエル、貴殿に我が力を宿そう。迷宮攻略を認める

「『!!』」




私の足元、シンドバッドさんの足元に陣の様なものが浮かび上がり、光の柱が天に昇る。
何、と思ったらこれは迷宮から出るための陣だということを教えてくれた。

戻れる?私はあの世界に?

陽だまりのような、無意識のうちに求めてしまうようなそんな暖かさを持つあの世界に。



―シンドバッド。貴殿には先に帰ってもらうぞ

「…シエルは帰ってくるんだな?」

―あぁ。約束しよう



途端にシンドバッドさん足元から陣が宙に浮いた。
私の陣はまだ足元で輝いているだけ。

シンドバッドさんが宙に浮いて、離れていくこの距離がもどかしい。
でも寂しくはなかった。
また目を覚ませ会えるってわかってるから。



「先にあっちで待っているぞ」

『はい…!』



私は今笑えているだろうか。
シンドバッドさんの笑顔に私も笑顔を返して、光に溶けていく彼を見送った。

きらきらとまた光が降り注いで私の周りにルフが舞う。

もう大丈夫。
生きる力は十分の貰ったよ。
後ろは振り向かないで生きて行けるよ。




―…最後に今一度問う。私と契約を交わす主の名は?




だから私は胸を張って答えよう。








『私はシエル。シエル…セレナーデ』







貴方から貰った名を。





決意を決めた協奏曲

(顔を上げれば前を向けるような)
(そんな気がするの)

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