―覚悟と運命を決めるのは今夜

―今宵、夢の魔宮は開かれる














「エルさん!」

「「!!」」



部屋の外からアラジンの声が聞こえた時、一瞬でこの部屋の外の最悪の状況が浮かんでジャーファルと共にバッと扉に視線がいった。
刹那に見えたジャーファルの表情も険しい。
しまった、と言う表情が隠せないまま扉を開ければ一枚の紙を持って立ち尽くすアラジンに、廊下の奥に小さく見えたシエルの背中だった。


「まさか今の…」

「…うん。エルさんと聞いちゃったよ」
「くそっ!」


シンドバッドがそれを追い掛けようとした時、待って!とアラジンがシンドバッドを呼んだ。

一刻を争う自体。
走り出したシエルの行き先がわからない以上、現在辛うじて可視できている姿を追うしかない。
なんだ、とアラジンを見ればスッと差し出される一枚の紙。
それは先程までシエルが持っていたものだ。


「おじさんはちゃんとエルさんを見てあげられるのかい?それが無理なら…きっと今行ってもエルさんは見付からないよ」


シンドバッドが紙を受け取る。
それは昼間に任せたシエルへの書類で。



「それでも、おじさんはエルさんを追う?」



きちんと処理された書類の端には"お仕事お疲れ様です"とシエルの丸く小さな字で書かれていた。
自分を思って書いてくれたのであろう、その文字。

シンドバッドはぐしゃりと紙を握り潰し、腕を震えさせながら歯を食いしばる。
そして何も言わず、部屋から走り去って行った。




「…見つかるでしょうか」
「わからないけど…信じようよ、おじさんを」


だが、胸の奥のざわめきは止まないまま。

まだ、…まだ何かがある。
首から下げた笛を握り締め、アラジンはシンドバッドの背中を見送った。














「シエルっ……!」


真っ暗な外。照らす光りは怪しく光る月光のみ。
王宮から出た事が殆ど、というか一回しかなかったシエルの行き先など皆目見当もつかない。
しかしこのままやみくもに外を探しても見つかるものも見つからないだろう。
苛立ちが募り、行き場のない憤りは拳となって現れる。


「俺は一体何をしてるんだ…!」


たった一人の少女すら見つけられない自分の情けなさに腹が立つ。
あの様子だとシエルがなにをするかわからない。
そしてなによりシンドバッドが恐れたのはシエルがあっちの世界に帰ってしまわないかという事。
虫のいい話だ、とシエルに一蹴されてしまうだろうか。
そんな簡単なことすら考えられなくなるぐらいにはシンドバッドの中のシエルの存在は大きくなっていた。

息を切らし、足を止めて辺りを見渡す。
月光に反射するあの美しい銀髪は見当たらなくて、焦燥感が募る。


「もう…無理なのか…?」


このままでは、何も告げぬまま終わってしまう。
シエルがこちらの世界に着たあの日と同じ満月を見上げた。




―貴殿が第一級特異点か

「…誰だ……?」




頭に直接響く鈴のような凛とした声。
声の主を探しても辺りには人影すら見当たらない。
視線が右往左往したが、頭の声は続けた。




―我が主を導け




希望への一筋の光を。

「!!」

自分の身につけていた金属器が淡く光り、一本の道を紡ぐ。
主を導け。願いではなく確かな意志を持った命令。
探し人、シエル主と呼ぶ人物。


「(ウリエル…!)」


確信を持ってシンドバッドは再び駆け出した。
この先には大きな泉があった筈だ。
シンドバッドの嫌な予感が加速する。
あの泉にはとある伝説があった。

満月の夜、湖畔に映る月は人を呑み込む…と―…。

じれったい距離がもどかしい。
今すぐこの腕にシエルを抱きしめたい、あの声が聞きたい、あの笑顔が見たい。



「(頼む…頼むから…!!)」



開けた視界に映ったシエルの姿。
覚束ない足取りで泉の中心に向かっている。
中心に映るのは、反射する満月の光。




「シエル!!」




無我夢中で叫び、振り向かない小さな背中を追い掛けた。
伸ばした手はギリギリ届かず。

目の前でシエルの体が泉に沈んだ。

まさか、と目を見開いて湖畔に映る月の中心を見ればシエルは消えてなんかいない。


「(伝説の通りなんかにさせてたまるか…!)」


池に潜り、シエルの体を引き上げる。
完全に意識を失っているシエル。

自分の腕に彼女をしっかりと感じ、シンドバッドは一息ついたが容体は確実にそれどころではない。
シエルだけでなく自分の体もびしょ濡れになっているのも気にせず王宮への道を走った。













王宮に慌ただしさが増した深夜。
水浸しのシンドバッドが水浸しのシエルを抱えて帰ってきたのは程なくしてであった。


「シエルの様子は…?」
「…まだ目を覚まさない……」

「そうですか…」


早急に部屋に運び、着替えを任せ、安静に寝かせたものの意識が戻る兆候が全くと言っていい程ない。
シエルの部屋にはシエルを心配するものが大勢集まりいつの間にやら大所帯。
かろうじて息はしている。
だが、かける声にも無反応で本当に意識があるのかすらも心配になる。

自分の体をロクに拭きもせず冷え切ったシエルの手を握りずっと隣に座るシンドバッド。
それでも瞳が開かれることはない。


「それにしても…どうして目が覚めないのかしら…?」


ヤムライハがシエルの髪を撫でながら呟いた。
呟いたヤムライハの問いに、答えが出るはずもない。

しかし、その問いに答えられる人物がこの場に一人だけ。



「…意識が完全に持って行かれてるのさ」


「持って行かれる…?」
「うん」

「一体どこに!?」



知らない筈の答えを、アラジンは知っていた。
反復したヤムライハの言葉に相槌を打ち、食って掛かったシンドバッドにアラジンは言った。




「おねえさんの意識は今……夢の迷宮…ウリエルの中だよ」










満月の哀歌

(夢の魔宮は開かれた)

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