緑斜塔から黒秤塔内の書庫に足を運び、部屋に持ち帰る本を吟味していたシエル。
今回は控えめにしておこうと数冊の本を腕に抱え、ぐるりと本棚を見回す。
暇さえあれば本を読み漁り、知識を得ることをよしとしていたシエルは並ぶ本の背を見ながら結構読んだなぁと息をつく。

するとどうしたことか、気になる本の題名が目に入った。


『……"シンドバッドの冒険書"…?』


作者名の欄にはよく見知った文字の並び、シンドバッド。
話の内容を察するに、というか題名の通りシンドバッドの冒険を記したものなのだろう。

そういえば、アリババくんが迷宮攻略の際に参考にしたシンドバッドの本があったと言っていた。
もしかしなくともこれのことだろうかと抱えていた本を近くの机に起き、冒険書を手に取る。背には22と書かれており、この前に21も巻があるのかと考えるとなかなかの長編である。
確かに迷宮を7つも攻略して国を建てるぐらいにもなったら経緯を示す本はそれ程分厚くもなってもおかしくはない。

今後の参考の為にもとりあえずどんなものなんだろう、とシエルはぱらりと表紙を捲ったー…。







『あの、マスルールさん』
「?」


同日、夕刻を告げる時間になって。

出会い様に俯き気味な顔で裾を引かれ、呼ばれた自分の名にマスルールは首を傾げて意思表示をした。
マスルールの乏しい意思表示でも充分に疑問の意を示しているのはわかる。
だがしかし、シエルの方がいつもと様子が違ったのだ。
言うなればこちらに来たばかりの時の様な、怯えが感じられる。

特に何かした記憶もマスルールにはなかったので余計に気になってしまう。
どうしたと聞いて見れば怖ず怖ずと、しかし顔を上げてシエルは"あの本"を読んでから気になって仕方ないことを口に出した。



『…マスルールさんて巨大化するんですか…?』

「…は?」



予想の斜め上を行く突拍子もない非現実的な話に若干の間が開いた。
何がどうあって自分が巨大化に至ったのか考えることが苦手なマスルールには皆目検討も付かず、二人の間に妙な沈黙が流れる。


「あ、マスルール!シャルルカンが探してましたよ」
『じゃ、ジャーファルさん…!』


沈黙を突き破ったのはシエルでもなくマスルールでもなく。
今現在シエルがマスルールに続き会いたくもあり会いたくもないジャーファルだった。


「…先輩がスか」
「はい。でも…シエルと一緒とは珍しいですね。何をしてたんです?」
「ジャーファルさん。俺って巨大化するんですか」

「は?」

「いや、なんかシエルが…」
『ジャーファルさんて…7本の角をはやして火を吹けるんですか…?』


「「…は?」」



もうそろそろ訳がわからない。
間抜けな声が二人分、シエルは冗談でこんな事を言うような娘ではない。

故に余計に訳がわからないのだ。
再びしばしの沈黙。

そしてジャーファルがハッと何かを思い出した様に、そして呆れ顔全開でシエルに問うた。


「シエル…もしかしなくともシンの冒険書を読みました?」
『……はい…』


やっと合点がいった。

同時に大きなため息が漏れる。
あんなものを書いた主にも、こんなものを信じた純粋なシエルにも。


「あれはシンの書いた嘘ですよ」

『……嘘?』
「だから巨大化もしませんし火も吹きません。…シエルならまず常識的に考えたらわかるでしょうに…」
『いえ、あの…こっちの世界ではそういうことがあるのかな…って…』

「ありません」


ぴしゃりとしたジャーファルの物言いにシエルは肩を撫で下ろした。
まさかこんなくだらないことでまたシエルに怯えられるとは。ジャーファルとマスルールは敬愛すべき主に暴言の一つでもかましてやりたくなった。

それを全てため息の一つに凝縮し、目の前の純粋な彼女にもっと疑うことを教えてやらなければとジャーファルの親心が働くのだった。



嘘と真の即興曲

(マスルールさん、シャルルカンさんはいいんですか?)
(…先輩よりシエルといた方が…)
(マスルールも随分シエルに懐きましたね。私はシンの説教に行ってきます)
(…説教?)

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