聞こえてくる悲鳴とまるで天災のような嵐が猛りを上げる。

空はいつもの様に世界を照らしているというのに。
そんな常識が通じると思ったら大間違いだ。
逃げ惑う人々。
猛威を振るう、振りかざされる"力"。


「い…一体どうなってんだ!?」


アリババの言葉も虚しく、その声はかき消されていく。
目の前に広がった光景はそれほどまでに彼の描いていた現実からかけ離れていた。
ザガンを攻略し、迷宮を抜け、シンドリアに帰る。
そしてシエルと、闇の金属器やアル・サーメン。解決策を導き出さねばならないことは山の様にあると言えどここでひと段落と、彼は思っていた。

だが頭の中に描いていた迷宮攻略の延長戦とは裏腹に現実はもっと血なまぐさいものだ。

次々に倒れていくトランの人々に紛れ、見知った者が倒れている姿はまざまざと目に映る。
どういうことだ、と唯一意識のあったアラジンに聞けば迷宮の外にアル・サーメンが待ち伏せていたのだと、そう言った。

アラジンの言葉に刺した影に顔を上げれば、一目でわかる程に"闇"を纏った3人の影。


「まったく…まだウリエル様は現れないのかしら」

「ウリエル…!?」

「そろそろお着きになるじゃろう。そう急くでない」
「急く必要もない。ただ我らは待っていればいい」


まるで目の前にいるアリババ達など眼中にない。
惨状を作り出した目の前のアル・サーメンの3人の頭にあるのはその頂点に立つ彼女の姿。

どうする、と考える暇もなくスッと黒い右手を上げれば天からまるで生えたとでも言うように伸びてくる複数の手。
アリババが現状を把握する次の瞬間には、己の身は巻き起こった風に刻まれるだけであった。
皆でザガンを攻略し、無事に脱出することができたと思っていた感覚はまるで夢のようだ。

ただ、伸ばしても届かないその夢は打ち砕かれるだけ。


「もう壊れちゃったわ」


力なく地に伏せた手。
静まり返ったその地には既に血と涙が染み込んだ後であった。

まるで死んだかのように倒れた体を足で転がすが体に反応はない。
自分たちの力で一瞬で力なく倒れたと思うとこんな人間に負けたドゥニヤは無能だとこの場にいた全員を屠った女口調の男ズルムッドは退屈そうに罵った。
こんな面倒なことになり、ザガンすら奪われるぐらいなら自分たちを最初から連れて行くべきだったのだと。
しかしイスナーンはドゥニヤ贔屓だったという事実は男女差別としてズルムッドはさらに機嫌を傾ける。

同意を求められた車椅子のようなモノに座った老人アポロニウスは軽くその質問をいなし、そのイスナーンの姿が見えないことに気付く。
だがそんなことは彼らには関係ない。


「わしらは予定通り……この2人を消すのみじゃ…」


それがアル・サーメンの目的。
黒い手がアリババとアラジンに伸びる。


「ん?」


しかし、それをさせまいと揺れる体を振り絞った力で立ち上がる1人の少女がいた。
両腕には鈍く光る銀色の眷属器。
剥き出しになっている女性にしては少し逞しい手と足は鮮血で所々が赤く染まっている。

それでも拳を握る手には一切手を抜かず3人を見据えている強い眼光。

立ち上がったモルジアナに3人は少し意外そうな視線を向けていた。




「(私はまだ…戦える!)」




ざわついた本能が地を蹴り、一気にその距離を詰める。
しかし振りかざした足はズルムッドに届くことはなく、彼の体から生えた黒い腕に掴まれた。

ギリギリと均衡する力。
しかしどう足掻いてもモルジアナの蹴りが届く事はなくモルジアナの体は不自然に宙に浮いている。



「ウリエル様が来るまで遊んじゃおうかしら」

「!?」



ぐるんと掴まれた足が引っ張られて宙吊りであった体は逆さになった。
しまったとモルジアナが重い振りかざされた拳が動いた瞬間、この場には似合わない凛とした声。



『ズルムッド、ビョルン、アポロニウス』



モルジアナに振りかざされていた拳がぴたりと止まる。

聞き間違える筈なんてない。
この声の主は今光と闇を彷徨う彼女の声だ。


『遅くなった』

「お待ちしておりました、ウリエル様」
「本当じゃわい」
「おかげで全員やっちゃった後よ?」


「…!シエルさん!」


いまだ宙吊りになったままのモルジアナが口から声を振り絞った。

そこに立っていたのは紛れもない、シエルの姿。
しかし言動でわかる、今のシエルに宿っているのは"闇"のままだ。


「とりあえずやっちゃっていいかしら?」

「!!くっ…!」


暴れても離す事の出来ない力に顔が歪む。
自分の声でなんとか光を宿してくれないものかと一縷の望みを持った。

しかし、モルジアナを貫いたのは冷たい視線。



『やれ』



瞬間腹部に感じた鈍い鈍痛と、シエルの声は確実にモルジアナの中の何かを砕いていった。






冷たい視線、呼応する鮮血

(真っ赤な赤が)
(その身に滲む)

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