何もない無音の騒がしいと感じるのはなぜだろう。
右も左も、上も下もないこの空間。


『ウリエル…どこ…!?』


この空間の主を私は知っている。
自分から考えて右や左、上下左右を見渡してみるものの何も視界に捉えることはできなくて。

私はここにいる場合じゃない。
なのに最後の記憶はぶつりと乱暴に切り刻まれたままで。


―「あなたの心は、永遠に眠っていただきますわ」


寝ている場合、じゃない。
でも確実に私は今普通じゃない状況にあるのもわかる。
ここにいるんでしょう、貴方は。
足掻いてももがいてもここから抜け出せない理由は貴方が握っているんでしょう。

真っ白で何もない空間。
それなのに頭の中に流れてくる鮮明な映像は私の胸を締め付ける。


『お願い、私は戦わないといけないの…!』


どんなに拳を握っても、その矛先を向けるものは見つからない。
ぎり、と掌に食い込んだ爪が嫌な音を立てて皮膚を浸食する。

静かに拳に伝う温かみはこの白い空間に似合わない赤。


『アラジンくん、アリババくん、モルちゃん、白龍くん…!』


宙に舞う赤が終わりのない白い空間に彩りを飾る。

まだ何も見届けていない。
私には戻らなければならない理由がある。




―「俺はここで待ってるから」


『…シンドバッドさん…!』





待っていてくれる人がいる。
私を望んでいてくれる人がいる。
だから私は歩みを止めない、止めたくないと心から思う。
なのに、どうして私は動けないの。

もしも彼女がやろうとしている事が本当なのだとしたら。
もしもシンドバッドさんが私に短剣を渡した理由が彼女の言う通りなのだとしたら。

確かめなければいけないことも山ほどあるというのに。



『私の体を…返して…!』



刹那、どこからともなくまるでガラスが割れるような澄んだ亀裂音。
何、と思うよりも先にボロボロと空間が音を立てて崩れていった。




『…傲慢だ。人と言う存在は特に』




亀裂から姿を現した"私"


『ウリエル…?』


正確には、私の中にいる彼女。
私を映した真っ赤な瞳。

あぁ、傍から見ればこんな風に見えているんだってまるで他人事みたいに思ってしまった。
でも今の私には不安を煽るだけ。
掌に滲む赤が、まるであの瞳に吸い込まれそうで。


『貴様が戻る術はない』
『貴方ならなんとかできるんでしょ?』
『すると思うのか』
『してくれないの?』

『私は人間が嫌いだと言うのにか?』


最初から彼女はそう言っていた。


『…嘘は駄目』


でも、ザガンを歩き回って、色んなものと向き合って。
見えてきたウリエルという者の像はそんなものではなかったと思っている。


『貴方は、本当は人が好きなんですよね』
『…なにを戯言を』

『そうでなきゃ、私はここまで生きていないし白龍くんやモルちゃんだって助かってない』


理由にするには、単純すぎるかもしれない。
でも私は信じてみたい。

今目の前にいる彼女が表なのか裏なのか、知る術はない。



『…信じるか信じないかはお前の勝手だが』



本当に裏の彼女が人間が嫌いだったとしても、きっと表の彼女は人が好きで仕方ないのだと、私は思うから。




『この私が、お前が戻る前にすべてを終わらせてやろう』



だから信じておこう。
貴方はきっと、誰も殺さないと。





信じた先の赤い瞳

(それでも私は足掻こう)
(早く、貴方たちの元へ)

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