「で、バカ殿ぉー。お前ホントに抵抗できないのかよ?」
『ならばその際どい手をさっさと離したらどうだ』
「やだ」
『(ガキか…!)』
イラッと来たこの気持ちを拳にしてみたもののこの拳をぶつけてもジュダルはびくともしないだろう。
こんなに小さな手だったのか、と思うのは一瞬の事で。
すぐさま自分の際どい位置を滑りそうになるジュダルの手を思いっきり振り払う。
しかしその力がまだ可愛いものなのかけらけらと笑うジュダルに軽く殺意すら湧いてくる。
腰に回った男の手。自分の手は細い女の手。
可能性としては低いが不安定な絨毯の上で落とされても叶わない。
本当の自分の体ならまだしも、今の自分はシエルなのだから。
『で、俺だけ攫って何の用がある?』
「べっつに?ただ面白そうだからシエル攫っただけだぜ」
『俺はシエルじゃない』
「お前の体に入ったシエル攫っても最悪力で抵抗されんだろ」
『さっき自分で俺たちは魔装が使えないと言っただろう』
「腕っぷしの話だっての。それにいつ戻るかわかんねェならシエルの体攫った方が楽しいじゃねーか」
珍しく筋の通ったことを言うジュダルにシンドバッドが押し黙る。
なんでこんな時は妙に頭が回るのだろう。
「それに、今なら何してもシエル自身には何も言われねェ訳だろ?」
『……っ!』
ぞくり、と背筋を駆け抜けた悪寒に耳元に響く声。
ジュダルを見やればすぐそばにジュダルの笑う顔。
手を上げる前に軽く拘束されてしまった腕は振り払うことができない。
『ふざけるのも、大概にしろよ…!』
「ふざける…?この状況でふざけるねぇ方がふざけてるぜ」
『くっ…!』
全力で抵抗しているというのに抗いきれない自分が悔しい。
だが、逆に考えればシエルが普段でもジュダルに捕まればこうなってしまうと言う事だ。
熱を持ったジュダルの舌が頬に滑った。
変な声が出そうになるがあくまでも今の自分がシエルの体であることを思い出す。
ここで過剰に反応すればジュダルの思う壺だ。
必死に口をつぐんで耐えているとスッと離れていくジュダルの顔。
「バカ殿お前さぁ…」
『…?』
「そういう顔してるシエルの顔、ヤバいってわかんねーの?」
『…………!』
「バーカ」
シンドバッドは今シエルの体にいてよかったと全力で思った。
もしもこれがシンドバッド本来の体であればあらぬ反応をしていたところだ。
動きを制され、必死になって口を噤み抵抗をするシエルの姿。
ジュダルの立ち位置を本来の自分に置き換え、想像しただけでも思わず顔に熱が集まるのがわかる。
「わっかりやす」
『…うるさい』
「ま、いーや。こればっかは中身がバカ殿だってわかってたら面白いもんも面白くなんねぇ」
『シエルにこんなことしたらお前の命はないと思え』
「さぁな?」
『うおっ!?』
乱暴と言うには軽く絨毯の上から建物の屋上にシエルの体はどさりと音を立てて落とされる。
「暴れてやろうと思ったけど今日は勘弁してやるよ」
『…なぜそんな上から目線なのかが聞きたいものだな』
「いいじゃねーの。お前もなんだかんだで楽しんでんだろ?」
にやりと笑う姿が憎たらしくて仕方ない。
そして否定できない自分を恨めしく思う。
上昇していく絨毯。
最後にジュダルはまた一層笑みを深くしてシンドリアを見下ろした。
「次来た時は殺り合おうぜ?」
『断固却下だ』
「じゃあなー!!」
言いたいことだけ言って去って行った絨毯と、黒い後姿にシンドバッドは長い長いため息を吐く。
時間をかけて王宮に帰る途中、ジュダルの言葉を思い出しあらぬ想像をして何度か煩悩と戦ったのは彼だけの秘密である。
シンドリア魔力暴走事件簿18
(シンドバッドさん!大丈夫でしたか…!?なにかされてませんか…!?)
(あ、あぁ……)
(……シン?)
(……)
(…後で詳しく聞きますからね)
(!!)
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