人に何かを教えるという事はこんなにも難しい事なのかとシエルはふっと息をつく。

その難しさは一つの野望に燃える眼前の彼のせいかもしれない。
剣を持ち、何かに刃を向けるのは自分も不特定の何かに刃を向けられる覚悟があるという事。
どうやらシンドバッドは若くしてその覚悟があったらしい。


「シエル!もう一回だ!」
『…いいよ、どこからでも』


ザッ、と砂利を踏みしめる音が響けば張り詰める緊張の糸。

交わる視線は他のもの映さず、ただ互いに相手の空気の動きを読み取る。
剣の切っ先の流れ、足運び、視線。動きを予測できる要素はいくらでもある。
だが、剣を交える"戦い"の中その一つでも見逃してはならない。

構えた剣に力を入れ真っ直ぐにシエルへと駆け出してきたシンドバッド。
シエルはスッと目を細め、勢いよく斬り込んできたシンドバッドの足運びを見極めた。
しかし他の注意を厳かにはせず、全ての判断をした上でシエルは動き出す。


『下、ガラ空き!』
「うおっ?!」


真横に振りかざされたシンドバッドの剣をシエルはしゃがんで避け、素早い足払いで体制を崩した。
重心を失った身体は地面に叩きつけられ、次の瞬間には喉元にひやりとした感触が伝わる。


「……参った」


苦い表情を浮かべたシンドバッドに、シエルは突き付けた剣の力を抜いた。

同時に緊張の糸が解けはぁ、とシンドバッドの大きな息が宙に浮かんだ。
悔しがる顔はそのままに地面に身体を預け寝転がって空を仰ぐシンドバッドの姿を見て、シエルはやっぱり男の子だな、と笑ってしまった。


「なんでこんなあっさりやられるんだ…?」


強さを求めるのは同じとは言え、負けると拗ねるのは男性…特に男の子が多いな気がしてならない。
シエルは笑った口元を隠すように顎に手を当てて考えてみる。


『…う〜ん…シンドバッドくんは剣に頼り過ぎかな』
「剣に?」

『強さは武器だけじゃない。私なんかはシンドバッドくんより力はないしそのせいで持てる獲物も少ないしね』

「うーん…」
『だから私は代わりに周りの状況判断を早く、代わりに補えるものがあるなら何を補えるかを見つけること』
「…俺には何の力で何が補えるか、か」


汗を拭ったシンドバッドが勢いよく立ち上がった。
その瞳はさっきよりも少し強い眼光を灯していて。

シエルはアドバイスはするが結論は絶対に出さないことにしている。
出してしまえばきっと彼の為にはならないだろう。
自分で悩み、導き出した答えに意味があるのだから。


「あースッキリしねぇ!俺ちょっと薬買って来る!」

『…じゃあ私はお母さんの事看てるからね』
「あぁ頼んだ!」


そして何かあれば体を動かしたがるのも意地を張る男の子の特徴ではないだろうか。
きっと薬を買って帰ってきたころには悩みは吹っ切れているであろう。

シンドバッドなら気付ける。
誰も持っていない、誰も知らない自分しかない武器に。
立ち向かっていく力と勇気を
人を思える優しさを。

シエルはシンドバッドの背中を見送って、居すわらせてもらっているシンドバッドの家へと歩を進めて行く。



―君は君の好きなようにやるといいよ



ユナンのそんな声が聞こえてきた気がした。






シンドバッドの冒険10

(信じてるから)
(私は何も言いませんよ)

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