やっと元に戻れる、と思った矢先のこの有様。
大きなため息でこの状況が打破できるなら苦労はしないだろう。
逆にどうにかなるのならばいくらでもため息がつける。
「ほ、本当にシエルちゃんなの…?」
「だからそう言ってるじゃないですか…!」
「シン、悪ふざけだったら承知しませんよ」
『だから言ってるだろう。俺がシンドバッドだ』
「い、勇ましいシエルちゃんなんて…しおらしい王サマなんて…!」
拭い去れない違和感にシャルルカンは思わず顔を手で覆った。
腕を組んでふんぞり返るようなシエルの姿。
ゆったりとした服であまり見えないが若干内股姿でおろおろするシンドバッドの姿。
確かに両者見たくもないといえば見たくはない。
しかし2人の中身は明らかにそれなのだ。
逸らしようがない現実に思わず座り込みたくなったシンドバッド…もといシエルだったがシンドバッドのそんな姿は見たくないととりあえず頭を抱える。
シンドバッドはシエルの体を上から下までとりあえず観察していた。
縮んだ背、細い体。そして……重量感のある胸元。
『おぉ……』
「ちょ、シンドバッドさんどこ見てるんですか触っちゃダメですよ絶対ダメですよ」
「シン。やったら元に戻った時どうなるかわかってますか」
「いくらシンさんでも袋叩きっスよ」
「覚悟はいいですか王サマ」
「容赦はしないわ」
「じゃあ私も〜」
『なんだ、そんなに信用がないっていうのか!』
「「「「「ない」」」」」
七海の女たらし、が女になったとしたら。
そんなあり得ない"もしも"が現実になってしまった。
警戒することが多すぎてろくに目も離せそうにない。
「でも…言いたくないけどまずお風呂に行った方がいいんじゃないかしら」
「そう…ですね…私もシンドバッドさんも薬被ったままじゃ流石に…」
『……しかしどうする気だ?』
「え」
『このままだとどう足掻いても互いに裸を見ることになるぞ』
シエルの口から、違和感のある爆弾が投下された。
これはシンドバッドなんだと分かっていても声はそのままの高いままであるし、裸だとかそんな言葉を発するシエルの体にはやはり変な気持になる。
このままでは互いが互いに恐ろしいものを見ることになる。
シエルは精神的に、シンドバッドは物理的に。
しかし、背に腹は変えられない。
「…い、一緒に入りますから…!!!!」
「いいですか、絶対に目を開けちゃダメですからね」
『わかった!わかったから!』
裸を見ない対策として、お互いに服を脱がせ合い相手は絶対に目を閉じておく、その間にタオルを巻かせれば最低限の配慮はできる。
この現場、事情を知っているものでないと明らかにおかしいだろう。
傍から見れば目を閉じているシエルがシンドバッドに黙って服を脱がされているという状況なのだから。
だが艶めかしい雰囲気はまったくない。
そんな悠長なことを言ってられたら苦労はしないのだ。
「……いいですよ」
『よーし!じゃあ入るか!』
「ああもうあんまり長風呂はしませんから!!」
だだっ広い風呂に、視覚的に言えばまさか自分と入ることになろうとは誰も予想しなかっただろう。
タオルを局部に巻いたシンドバッドと胸からしっかりがっちりタオルを巻いたシエル。
今はジャーファルの配慮により泡風呂のようになっているそれのお蔭であまり体を意識することなく風呂に浸れる。
『なぁシエル。髪を洗ってくれないか!』
「えぇ!?自分でやってくださいよ!」
『いいじゃないか!じゃあ俺が洗ってやろう!』
「だからそういう問題じゃ…!」
ザパ、と率先して風呂から上がったシンドバッドにシエルは慌てて自分も風呂を出た。
あまりはしゃがないで欲しいものだが中身がシンドバッドならそれも上手くいかない。
『ほら座れ!』
「……あー……」
もう知らない、とシエルは半ば諦めたように椅子に座る。
考えることを放棄し意識をどこかに飛ばせればいいのになぁなんて、後ろでシンドバッドが楽しそうに手で泡を立てている様子を見ながら思った。
無邪気に笑う自分の体になぜか笑みが零れる。
『ほら、やるぞー!』
そして今自分が改めてシンドバッドの体に意識を宿しているのだということを再確認した。
長風呂をしないにしてものぼせてしまいそうだ。
自分の体ではないシンドバッドの広い背中を洗われながらシエルは早く戻りたいと切に願うのだった。
シンドリア魔力暴走事件簿13
(しかし楽しそうですねシンドバッドさん…!)
(いやぁ体が軽いから動きやすくてな!)
(お風呂で走り回ったら転ぶんでやめてくださいよ…!?)
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