「違う」


―俺の声はこんなにも意思を伴わない声だったか。
自分の耳に直接聞こえてきた声を聞いていてもわかる。

ウリエルの声に動揺しているということを自分で認めてしまっているようで信じたくはなかった。

あれ程までに彼女の力を利用しないと、泣かせはしないと約束したのに張りつめられたその糸は今にも千切れてしまいそうで。


『何が違うと?貴様はアル・サーメン、そして私の力の脅威を滅ぼさんとしてきたのであろう?』
「違う…!シエルは…シエルは…!」


アル・サーメンの脅威。
ウリエルの力。

確かにシンドバッドは利用できるもの全てを利用し、この国の為にと手を汚してきた。
それは時に誰かの力であったり、時には人の感情すらも利用して。
何よりも国を優先し、その発展を心に決めていた己が初めて溺れた恋や愛などという感覚はなんだったのだろう。
シエルへの思いが嘘なわけがない。

しかし、冗談でも何でもないその思いを上回る程に無意識でシエルを利用していたとしたら?


『!…っ、マギが干渉してきたか』

「!アラジン…!?」
『ドゥニヤ…イサアク……しくじったようだな』


一瞬顔を掌で覆い、頭に流れ込んで来た白い感情に吐き気が伴う。
もうシンドバッドを視界に入れず、夢渡りを解く準備をしようと机に突き刺したままの短剣を手に取ろうと手を伸ばした。


「っ、待て!!!!」


ガッと感情的にその手を掴み、短剣を取るという動作を途中で中断させたシンドバッド。
短剣に触れているウリエルは今実体化をしており触れ合う感覚ははっきりと伝わってくる。

顔を上げたウリエルの鋭い視線と揺れる瞳が交錯する。
血に塗れたような真っ赤な瞳から彷彿とさせるシエルの面影がシンドバッドの胸を締め付けた。



『………なんだ』



だが聞こえてくる声は酷く静かなもので。
あぁ、違うんだと思ってしまった時シンドバッドの本心はどこにあるのだろうかと思考は何も纏まらなかった。


「俺は……!」
『……!!』


短剣の柄を掴んでいた華奢な手を強引に引っ張り、短剣から手が離れ実体化の解けた体。
しかし勢いは止められずシンドバッドは自分の元へ引っ張ったその小さな少女の唇に口付を落とす。

触れている感覚などないというのに。
こんなにも目の前にいるというのに、こんなにも遠い。
心も体も全ては触れ合っていない。
あぁ、なぜこんなにも苦しいのだろう。



「シエルを信じている」



自分に言い聞かせるように、
そして誰より、シエルに届くように



シンドバッドの言葉に何とも言えぬ表情を見せたウリエルは、すぐに短剣を引き抜きその場から消えた。



まるですり抜けていくように抱くことのできない体に、シンバッドはまだ夢さえ見ている気がしていた。
これが夢であればどれだけよかったことか。

握った拳に食い込んだ爪の痛みはシンドバッドを現実に引き戻す。

机に残った短剣の刺さった跡をなぞり、シンドバッドはただ静かにザガンを攻略している彼らに祈りを託すしかなかった。




「俺は……」




一体、己の本当の心はどこに。








求めた嘘に傷つくなんて傲慢だね

(なぜ自分は)
(素直に彼女を愛すことができないのか)

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