ごろり、の鳴く喉の構造は一体どう変わっているのだろう。
しかしそんなことどうでもいいぐらいにシンドバッドは自分の腕の中に丸くなるシエルの姿に歓喜と混乱が混ざり合っていた。
酒に酔ったシエルがどうなるかは知っていたがまさかマタタビでも自我を軽く失うとは思ってもいなかった。
「王様顔にやけてるよ〜」
「放っとけ!」
『ん…』
元凶となったピスティも悪びれた様子をあまり見せていない。
今にも眠りそうなシエルのとろんとした瞳がシンドバッドを映す。
何かを言いたそうに口元がもごもごと動いていたが、生憎その声は小さすぎて聞き取れなかった。
どうした、とシエルに顔を寄せて聞き耳を立てる。
『シンドバッドさん…いい匂い』
「!っ…、シエル!」
ぽつりと呟いてシエルがシンドバッドの首元へ顔を寄せると、おぉと周りが声を上げこの後の展開を見逃すものかと目を見開いていた。
鼻を鳴らし、何の匂いかと酔いしれるシエルの姿は酷く妖艶で。
このままではまずい。
何かって、もちろんシンドバッドの理性が。
シエルの腰に回していた手をするりと下に下げる。
ん、と思わずシエルが漏らした声はシンドバッドの耳元にダイレクトで伝わった。
これは心臓に悪いと思い邪念を振り払おうとした時、シンドバッドの手がふわりとしたそれを捉える。
『あ……』
「ぅ、わっ」
酔いも回っているシエルに生えた尻尾を捉えたその手が思わず宙を切った。
聞いたこともない艶のある声。
生唾を飲んだシンドバッドの心を知ってか知らずか、シエルの体は前に傾いていく。
『…えい』
「!」
「(おぉぉぉちょっといい感じじゃーん)」
「(おいおいピスティこのまま放っといていいのか?)」
「(いいじゃんシャルだってガン見してるくせに)」
床に倒れこんだ2人の体。
俗にいう、押し倒したという形になったシエルとシンドバッドの行方を楽しそうに見守っている人物が複数いることを忘れてはならない。
いつの間にかジャーファルもヤムライハも姿を消している。
どこへ行ったかと考えることすら忘れさせる目の前の甘い事情に、残念ながら釣られない程2人は大人ではなかった。
続きは、続きは、と目を離せなくなっている人物もその餌にされている2人も。
しかし次の瞬間、どうしようもなくなったこの部屋の空気は一変する。
「そこまでよ!」
バンッ
廊下をバタバタと走る音に扉を開けるけたたましい音が響く。
「…まだ、何もなってませんね」
「ヤムライハ!ジャーファル!」
「王様。今すぐシエルちゃんを元に戻して差し上げます」
「ありゃ。できちゃったんだね、元に戻す薬」
「慌てて持ってきたわ。これでシエルちゃんも元に……!」
やって来た人物の手にはフラスコのようなものに入った紫色の液体。
これが、全ての現況を正す光になることだろう。
やっと理性を失わずに済むと歓喜したシンドバッドとシエルの元にヤムライハが歩を進める。
シエルは何事かと、シンドバッドの上に乗り上がったままヤムライハをとろんと見つめていた。
『やむらいはさん…?』
「待っててね今正気に戻してあげるか…っら……!!!!」
「「「「!!」」」」
滑った。
足元に散らばっていた書類を見事に踏みつけたヤムライハの足は一気にもつれ、それはそれは見事なまでに。
声を上げることもできず、ヤムライハの手から離れて行ったフラスコ。
まるでスローモーションのように見えた動作を何もできずに全員が見送ってしまった。
「うわっ!」
『ひゃっ!』
ガシャン バシャッ
最後にパリン、と音を立ててフラスコは割れてしまった。
中身は全てシンドバッドとシエルの身に降りかかり、また見覚えのある白い煙のようなものが辺りに立ち込める。
「ヤム…」
「………なぁにピスティ」
「あたし、嫌な予感がする」
「奇遇ね。私もよ」
「……また、ですか」
ジャーファルが、唖然として頭を抱えた。
煙が晴れていく。
2人分が咳き込む音。
晴れていくシルエットには何の変りもないように見える。
もしかしたら嫌な予感は外れるかもしれない。
一縷の希望を持って完全に煙の晴れたシンドバッドとシエルの姿を瞳に捉えた。
「なんとも…なってない?」
「……成功、したのかしら?」
『た、助かったぞヤムライハ……あ?』
「あれ、私…さっきまでの記憶が………え?」
「「「「「え」」」」」
嫌な予感的中。
今、助かったと言ったのはシエルだった。
そして自分のことを私と呼んだのはシンドバッドだった。
これが何を意味するか、もうお分かりのことだろう。
「入れ替わり……ましたね」
ジャーファルの大きなため息が、部屋に響き渡った。
シンドリア魔力暴走事件簿12
(私が彼で)
(俺がお前で)
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・尻尾触ってエロティック
・酔った勢いで押し倒す
・入れ替わり
いただきました!
猫で沢山のネタをくださった方々、ありがとうございます><
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