暖かいスープを器に注ぎながらまず始めにお前は誰だと単刀直入にシンドバッドが聞いた。

よくぞここまで素性の知れない人物たちをホイホイと家に上げれるものだ。
そんなことを言ってしまうと自分もそうなのだが、と思いながらシエルは温かいスープを喉に流し込んだ。
じんわりと体に染み込む暖かさが心地いい。


「僕はユナン。旅人さ。さっきはいじめられているところを助けてくれてありがとう」


頬に未だ痛々しい跡を持ちながらユナンと名乗った彼はスープの注がれた器を持ちその暖かさと人の温かさを同時に実感していた。


「食事までもらってしまって…君達は優しいね」

「ガキンチョが殴っちまったからな…その詫びだ、気にすんな」
『でも、あんな所で何をしていたんですか?』


街中の一角でカメの甲羅に籠っていた経緯は全く予想がつかない。
食事に手を付けながらユナンはあそこまでの経緯を説明した。

日差しの強いこの街で日陰を探していたら甲羅を発見。
丁度いいから少々涼んで休もうと中に潜った結果、あとは知っている通り。

あっという間に囲まれてあの様な事態になってしまったのだという。

うっかりと言えるのだろうか。
ただ単にユナンの頭が少し弱いのだろうか。


「だから君たちには感謝してるよ、ありがとう!」
「そっか…これからは気をつけろよ」

『ま、まず日陰を探すなら日の位置を確認して普通に影を探したほうがいいですよ』
「うん。そうだね」


変な奴。シンドバッドは素直に思ったが口には出さす慰めの言葉を投げかける。
シエルはシエルでアドバイスを渡したがユナンがこの先この忠告を守ってくれるかは定かではない。

すると後ろからゴホ、と咳をする音が聞こえ視線がそちらに移った。


「シンドバッド……?」


この家にはシンドバッドとユナン、シエル…そしてもう1人いることを忘れてはならない。
シエルの傍らに置いてある薬を渡すべき人物。

シンドバッドの母親がいることを。


「珍しいね、お客さんかい?お茶でもいれようか?」



カーテンを開け、ベッドに腰掛けている姿は酷く弱弱しい。
病気のせいか痩せこけている体は目に見えて不健康だ。
だがその目元があまりにもシンドバッドそっくりで、シエルは思わず口元が緩みそうだった。

自分の周りだけ空気が緩んでしまったが、再び咳を抑えきれなかった母親にシンドバッドが駆け寄る。

そうだ。せっかく買った薬があるのに。
シエルも傍らに置いたままの薬を持って立ち上がり母親の元へ駆け寄った。


『大丈夫ですか?』
「ごめんなさいね、お客さんが来てるって言うのに…」
『お気になさらないでください。シンドバッドくんの買ってきたお薬、こちらに置いておきますね』

「そうだよ母さん…いいから寝ておいてよ、病気が悪化しちまうから…」
「そう…すまないね」


ユナンは黙ってその様子を見つめていた。
起き上がった体をそっとベッドに寝かせ、それを確認してからシエルはぽそりと呟く。


『…いい夢が、見れますように』


そういってシエルが背中を向けた時、1つのルフが母親の元へ舞って行ったことに気付いたのはユナンだけだった。

しばらくは、シンドバッドの母親が眠ることを優先するように3人は何も喋ず。
少し変わった思考回路をしているユナンも、そこまで常識がない人間ではないらしい。

程なくして聞こえてきた安らかな寝息。
何度か様子を伺ってから、シンドバッドがゆっくりと口を開いた。


「悪い、変なとこ見せちまったな」
『全然変じゃないよ。…親孝行なんだね。シンドバッドくん』

「親孝行……か。母さんは体が弱くてさ、薬がないと数日持たないんだ」
「そう…君は病気のお母さんと2人で暮らしているんだね」


2人、ということに違和感を覚えたシエルは改めて家を見回し、ユナンの言葉に続く。


『お父さんは…いないの?』


その言葉にスープの器に口をつけていたシンドバッドが顔を上げた。
表情はあまり曇った様子を見せない。
何か特別な理由でもあるのだろうか、シエルは推察しながらこの街には女子供が多かったことを思い出す。

シエルの思考が一点に纏まりまさかと思うのと同時。
父さんは、シンドバッドが話し出そうとしたその時、不躾で乱暴なノック音が家に鳴り響く。



「シンドバッドはいるかー!?」



ドンドンと鳴り止まないノック音。
シンドバッドが顔をしかめたのがわかる。

ちょっと待ってろ、と立ち上がり玄関である扉を開けた先に見えたのはずらりと並んだ甲冑を纏う騎士たち。
邪魔にならない程度にシンドバッドの後ろからその様子を見たシエルはえ、とまた声を上げることになった。

―違う。

全然違うのにわかるのは面影があの人を彷彿とさせるからだろうか。
絶対に同じと思える根拠はないけれど、左耳に見えるイヤリングはあの人と全く同じで。


並んだ騎士達の列。
その中心にいたのは




「貴様か?シンドバッドというのは…」

「……ああ、俺だけど」




『……ドラコーン、さん…?』









シンドバッドの冒険5


(呟いた名前は誰にも届かず)
(違和感だけが胸を渦巻いていく)




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