パラリ、本を捲りながら一息つく。
得る知識は膨大、時間は少しでも無駄にはできない。


『ジン…迷宮…マギ…ルフ……』


キーワードは頭に徹底的に叩き込んだ。
ジャーファルにもヤムライハにも沢山のことを教えてもらってはいるが自分での知識吸収も欠かせないものだ。
シンドバッドに用意してもらった部屋には本がずらり。
その量は部屋を訪れた者に驚かれるぐらいの量に肥大していた。
ウリエルのことに至っては自分でどうにかしなければいけなくなるだろう。

選ばれたのは紛れもない自分。
道を進むことができるのはシエルだけなのだから。


コンコン

『はい?』
「…モルジアナです」
『あ、どうぞ』


本を閉じて、開いたドアの方向へ視線を向ける。
控えめな音を立ててモルジアナが部屋に入ってきてシエルがベッドに座るよう促した。


『どうしたの?』
「…その、前を通ったので…なんとなくなんですが…」
『!ありがとう、私の為にわざわざ寄ってくれたんだ』


嬉しさと恥ずかしさが交錯し、でもやっぱり嬉しくて頬を赤くした。
モルジアナも顔を赤くしたが、頬を少し膨らませて悟らせないよう顔を反らす。
互いに顔を赤らめるという絵図としては面白い空間。

シエルもベッドに腰掛け、モルジアナに並ぶ。


「勉強…していたんですか?」
『うん。覚えなきゃいけないことは…いっぱいあるから』


積まれた本に視線を向け、モルジアナが聞いた。
王宮というだけあってここにある本の量は莫大である。
全部とまでは言わないが厳選して読むだけでも全然時間は潰せるものだろう。
読み物は苦手なモルジアナ。机に向かうよりかは外で鍛錬をするほうが性に合っている。


「シエルさんは文字が書けるんですね」
『え?』


机に置かれた紙に羅列する文字。
普通じゃないのか、思った後に告げられたことは衝撃をもたらす、事実だった。


「私は…字が書けないので」
『どういう…こと……?』

「…昔…奴隷だったせいで勉強はしたことがないんです」
『…!』


"奴隷"
その言葉が意味する残虐な過去。

文字が読める、書けるということに対し常識的な知識を持っていたシエルにとってはこれもまた世界観の相違の1つだった。
言われてみれば、というか、確かにモルジアナの恰好はアリババやアラジンに比べ少しみすぼらしいところがある。
違和感を感じていたわけではなかったが、まさかそんな理由があったとは思わなかった。

思わず飲んだ息。
呼吸すらどうにかなってしまいそうになった。


「そんなシエルさんが悲しまないでください。今は…私は自由なんですから」
『…辛く……なかった…?』

「…辛くなかったって言えば嘘になるかもしれません。でも…今の私がいるのはそのおかげなんです」


モルジアナは話した。
奴隷の鎖を絶ってくれたアラジンと、自由にしてくれたアリババとの出会いを。

ぎゅっと胸の前で握った拳に力が入る。
ここまで人に話せるようになるまでには時間がかかったのだろうか。
自分と似た運命を今まで辿ってきた彼女は、一体。

話を最後まで聞いて、最初に出てきた言葉。


『モルジアナちゃんは……今は、幸せ?』


自分はまだ本当にこの道を辿っていいのかはわかっていない。
でもモルジアナはきっと覚悟している。
彼女の瞳に迷いは見えないのだから。


「はい」

『なら…よかった』


泣きそうになってしまったのを隠すため、強引ではあるがモルジアナを抱きしめた。
モルジアナも驚いたが、なんとなく意図を理解してぎこちない動作でシエルに腕を回す。

過去も未来も、拭い去れない悲しみなどまだ決まったわけではない。
強く生きるモルジアナの姿が胸に突き刺さる。
自分より年下のモルジアナは現にこうにも変わっているのだ。

―大丈夫。
自分にも、モルジアナにもそう言い聞かせながらシエルは少し生きる力を分けてもらっていた。





ゆるやかな戯曲

(アラジンくんみたいに私もモルちゃんって呼んでいい?)
(……どうぞ)
(ありがと、モルちゃん)


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