「どういうことだよシエル……いや、ウリエルか…?お前、どういうことだよ…!?」
叫んだ声は届かない。
シエルは無表情のまま赤い瞳で皆を見下ろしている。
自分の記憶中にあるシエルとは明らかに違う。
そして同時に自分の記憶の中にあるウリエルでも、ない。
「あいつら…たしかトランの市場にいた商人のはずだろ!?」
ずっと笑顔を絶やさずにスカートの裾を引く女性がまた1つ、笑いをもらす。
その隣に立っていた鎧を纏った騎士がアリババの言葉にピクリと反応したが全く表情が動くことはなかった。
「…」
「イサアク、私は何も命じていませんわよ?」
「申し訳ありません…あの無礼者が女王陛下をまだ"商人"と呼ぶものでね…」
「そう怒らないでくださいな。どうでもよいことですわ。ねぇウリエル様?」
『そうだな、どうでもいい。それより……私がさっき命じたことを忘れたのか?』
「…?」
シエルが、今立ちはだかる彼女らに命令したこと。
アリババ達が剣を構えながら疑問符を浮かべたが、彼女の口から洩れた言葉に全員が目を見開いた。
『私が着くまでに始末しろ、とな』
「なっ…!?」
「忘れてなどおりません。ただ、選択の余地を与えないのは可哀想かと思いましたの」
『…手短にな』
「おいどういうことだよシエル!」
『騒がしい……どういうこと、だと…?』
酷く冷徹な言葉は心をも凍らせてしまうほどに。
『私は今の貴様らに用はない』
「シエル殿!?」
「違うんだ…あれはエルさんでも、"エルさん"でもない」
「だとしてもウリエルなんだろ!?どういうことだ!?」
アラジンはあくまでも冷静に振る舞う。
ここで取り乱してはドツボにはまってしまうような、そんな気がしたから。
まだ自分でも理解はしきっていないが今わかることは目の前にいるシエルが味方ではないという事。
杖を構えたまま、緊張の糸を張りつめる。
『私は正真正銘、ウリエルだぞ?ただし、"裏"のな』
「裏…!?」
「!」
―「君こそ珍しいじゃないか。主以外の人間に干渉するなんて」
―『…どうなんだろうな』
―「それは"表"の君かい?それとも"裏"の君?」
思い出したのはザガンとのやり取り。
確かにザガンは表と裏、という言葉を使っていたのを。
なぜあの時気にしなかったのか。
なぜ彼女のことを知ろうとしなかったのか。
全ては後になって訪れる後悔。
『表の私は"光の主"ウリエル。裏の私は…』
ウリエルの赤い瞳に恐怖を感じたのは初めてだった。
『"闇の主"ウリエルだ』
ビィィィィィ、と周りを飛び交う黒いルフがその事実を物語っている。
信じたくない事実ほど時に残酷に人に立ちはだかるもの。
仮面の下でイスナーンが怪しく笑ったことに、気付いた者は彼女しかいなかった。
破滅天女の罪苦
(さぁ始めよう)
(狂乱の宴を)
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