ジンじゃない、というアラジンの発言にアリババがどういう事だと言葉を投げかける。
先程まさに自分たちを殺そうとした"これ"がジンではないと、彼はそう言うのだから。


「その通りさ……」
「?」


この場にいない筈の第3者。

誰の声かの判別もつかず声のした方向へと視線を向ける。
アリババからすると膝程度までしかない小さな影から伸びる蔦がずるずると引きずっていた。
しかしその姿はなぜか少し見覚えもありまさかとアリババがザガンか、と声を上げる。

そしてその返事もないまま、焼け焦げた蔦の中からザガンに捕らわれていたトランの民の少女が自力で現れた。
つまりはそれがザガンであることの裏付けにもなり兼ねない。

少女は今までの恐怖からか白龍の元に走り出し、油断はできないとザガンだと思われるものにアリババは睨みを利かせ剣を向ける。


「待て待てっ!その子はもう返すってば〜!僕で最後の"花"なんだよ!もうなんの力も残っていないんだ…!」
「"花"ぁ…?」


今までさんざん5人を苦しめてきたザガンかと思われるものが"ジン"ではなかった。
ザガンが自身に似せて作った迷宮生物だった、らしい。

体から伸びている蔦はその証だろうか。そこからザガン自身の力を貰っていたとも伺える。
その迷宮生物は言った。
ザガンが面白さに作った迷宮生物が、本体の手を離れてちょっといたずらしただけだと。

そんな身勝手な悪戯でトランの人々はあんな姿になってしまったというのだろうか、バカげた話しだ。


「村の人たちを元に戻せ!!そして全員を今すぐそこから出してくれ!!」
「そ、それができるのは本体だけだってば〜!」


剣先を向ければ無抵抗に両手を上げるザガンの現し身にそれを察する。本当にこの現し身にもう力はないらしい。


「"本物"は"宝物庫"にいる!"宝物庫"に行けば本物のザガンが村人の魔法を解くし、全員外に出すよ!」
「…必ずか?」
「必ずだ。そうさっき"本体"と話をつけてきたよ。……ただ」

「?」


言葉を濁した現し身は力をなくしたままのモルジアナに視線を向ける。

ザガンと話を付けた際に聞いてしまった悪報。
ここで伝えるべきか、伝えない方がいいのか。
だが、伝えればよかったのかはその後に彼ら自身で決めることだ。


「あのウリエルの主は…どうなるかわからない」

「!?」
「シエル殿が!?」
「…どういうことだい?」

「その前に、先に宝物庫への道を教えておく。そうすれば全てはわかるだろうからさ」


シエルが今どんな状況にあるのか、わからないのが恐ろしいという気持ちがやっと滲んでくる。
迷宮の主、ザガンの言うことに今まで悪戯心はあっても偽りはなかった。

シエルが"負けた"と言っていたことにしても、何にしても悪い予感しかしない。
一体何に負けたというのだろう。
逆に、このザガンに自分たち以外に何がいたというのだろうか。

全ては分からないまま。シエルのことが気がかりで仕方がない。
とにかく、宝物庫に行けば全てはわかると言う言葉を信じ現在地から宝物庫までも道のりを聞く。


まだ彼らは気付いていない。
すぐ傍まで忍び寄っていた3つの黒い影に。


「これで宝物庫に行ける筈だよ!急がないと彼女が本当に―………」




パンッ




「なっ………!?」


目の前で岩塊に貫かれたザガンの現し身。
首と胴体が真っ二つに裂け眼球は衝撃で座り込んだ彼らの眼前を舞っていた。
音を立てて崩れる体が嫌な音を立てる。

ザガンを貫いた地面から不自然に生えた岩塊は明らかに意図的なもの。


「ザガン!!?」
「なんだこれ…なんで…!?」


振り向いた先にいた黒い影。
ビィィィ、と黒く舞う何かが視界にちらつきアラジンは一筋の汗を流した。




ドクン


―『……マギよ、これ以上"ウリエル"に関わろうとするな。これは忠告だ』




「!!」
「アラジン!?」


全身の血が沸き立つような感覚。
額の紋が光りアラジンは目つきを変える。


「みんな、急いで宝物庫へ。"彼ら"に先を越されちゃダメだ!!」



アラジンの豹変ぶりにアリババは驚いたが、とにかく道は見えた。
行こう!と走り出した全員。
モルジアナはアリババが抱えトランの少女は白龍に手を引かれている。

ただひたすらに宝物庫までの道を駆け抜けゴールを目指す。
その先に何が待ち受けているかなど知らず。

広く大きな、長い螺旋階段を駆け下り八芒星のマークの付いた大きな扉が表れた。
目指すはこの扉の向こう。
宝物庫に全てが待っている。


「よし、まだ開いてない!!」


アラジンは杖を構える。
彼には言葉にならない違和感が胸を巡っていた。

扉は閉まっているということはまだ誰もそこに足を踏み入れていない証拠だというのに、なぜか違和感がある。


「開け……」


杞憂であって欲しい。




「ゴマッ!!」




言葉と共に開いた扉。


ズガァン


瞬間、背後から先程ザガンを貫いたものと同じと思われる、岩塊が5人を襲う。
今度は岩塊が龍の形を成し本気で5人を纏めて殺しにかかろうとしているのが伺えた。

アラジンの張った魔法壁が轟音を立ててその攻撃を受け止めていたが、5人纏めて体は扉の中へと押しやられてしまった。



「やぁ、また会えたね…"マギ"よ」



形を成した岩の龍の上に立ちはだかる3人の人影。
1人は気品のありそうな女性。
しかしなぜ、こうにまでただならぬ威圧感を感じるのだろう。

黒いルフがまるでその雰囲気を楽しんでいるかのように舞い上がる。
ビィィィ、と群れを成すルフがアラジンたちの頭上を通り過ぎて行った。

何があるのか、と後ろを振り向いた時、5人は一瞬で胸を撫で下ろしそのシエルを呼ぶ




「シエル!!」




黒いルフの指し示す先にいた彼女は。
古代文明を感じさせる建物の頂に座っていた彼女は。紛れもない、シエル・セレナーデその人であった。

しかし、何かがおかしい。





『遅い』






シエルのかざした右手に黒いルフが舞い踊っている。
そして何よりおかしいのは、アラジンが開けたはずの扉の向こうに彼女がいたという事。




「申し訳ありません。お先に着いていらしたのですね」


「…なんであいつらがシエルと喋ってんだよ…」
「待って。アリババ君……違うんだ」

「違う…?」




何がだ、とアリババが問いかける前に答えは彼女の口から放たれた。







「ウリエル様」






そして気付く。
シエルの瞳が真っ赤に染まっていたことに。









黒いルフは踊る

(彼女の掌の上で)

(ウリエル…"様"…?)
(……)

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