ウリエルの忠告を忘れていたわけではなかった。
ただ、自分たちがここでやらなければ誰がやるというのか。

次の誰かなんて待っている間にトランの村人達はどれだけの犠牲になるのだろう。


「"ジン"は"迷宮"の支配者。だから君たちがどれだけ足掻こうが……」


だから倒すと決めた。
決意は簡単に打ち砕かれない。


「"迷宮"の中で"ジン"は絶対に殺せないんだよ!!!」


しかし、悪夢は、誰しも見るモノ。

迷宮の土の養分で何度でもよみがえるザガン。
次々に追い立てるような攻撃の手は緩むことがなく、一方的なものとなりつつあった。


「大体"彼女"の手も借りずに僕を倒そうなんて……」
「うるせぇ!シエルは……シエルもお前と戦ってんだ!!!」


アモンの剣がザガンに振り下ろされる。
スパリとその身を斬られたザガン。

普通なら、"普通"ならそれだけで決着はつく戦いだ。
だが普通ではないからこの戦いは恐ろしい。
斬られた腕は再生し何事もなかったかのように再生しザガンは楽しそうに笑う。


「クッ…シエル殿がいてくれれば…!」
「いいや。彼女は来ないよ」

「貴方に…何がわかるんです!!!」


言葉と共に鋭い蹴りが迷宮を揺らす。
あれほどの威力の蹴りでも効いているとも思えないのが妬ましい。

表情1つ崩さないザガンの仮面の下。
どこか遠い壁の向こうを見るようにザガンは一度攻撃の手を止めた。


「わかるんだよ……残念。"彼女"はもう負けちゃったみたいだね」

「…エルさんは、そう簡単には負けないよ」
「僕の言うことが信じられないのかい?ここは僕の迷宮。わからないことなんてない」


「しまっ…!」


ザガンの言葉に気を取られ足を蔦に取られてしまったアリババが、反撃の余地もなく次の瞬間には白龍の横を通り過ぎ固い迷宮の壁に叩き付けられる。


「アリババ殿!」


しかし何かに気を取られている暇などない。
背中への衝撃で吐血したアリババの身を案じた白龍にザガンの魔の手が伸びた。


「白龍さんっ!!」


相手は不死身の化け物。
弱点を探すどころか戦い方もわからない。
動けなくなった2人に駆け寄るモルジアナの表情は戦慄していた。
どうしたらいいかわからない自分、そう思っていても人は簡単に力なく果てる。

「(シエルさんさえいてくれれば…!)」

「モルさんっ!!」
「!」
「いったん退こう!!」
「はいっ!!」

魔法壁を張ったままのアラジンがザガンの攻撃を防ぎながら、モルジアナは2人を抱えてザガンに背を向けた。
無情にも攻撃の手が止むことはない。
むしろその手は激しくなり。迷宮の地面も軋み出す。


「逃げようっての〜?……残念、この迷宮からは……」


スッとザガンが右手を上げた。


「絶対逃げられないんだよ!」



パチン



長い爪を蓄えた指が音を鳴らし、刹那駆けるモルジアナの足元に大きなヒビが入る。
そのヒビはどんどん広がっていき足元を掬われていく。
意識のないアリババも白龍も、モルジアナもアラジンも。

人工的に開かれた地面の穴に4人は吸い込まれていった。


「それは僕の"本体"だよ〜口の中に落ちたら君たちは胃液で一瞬で………」


深い深い穴の中へ落ちていく。
ザガンは笑いながら言い放つ。

人の命は


「パァさ」
「なっ!?」


軽く消えてしまうと。


「みんな、ターバンに乗って!!」
「アラジン!!」


広げたターバンに一度は身を落とした4人だったがザガンがそれを許すわけもない。
鋭い蔦がターバンを貫き、ターバンは無残にも引き裂かれてしまう。

足場のない空中、重力に従って落ちる体。


「みんな!」


伸ばしても届かない手には無力さしか感じなくて。
落ちていく3人に手を伸ばしたモルジアナが歯を食いしばるが、体はただただ手の届かないところに落ちてしまうだけ。

ここまでに自分は無力だったのだろうか。
無力さに瞑った瞳。
ここで自分たちは終わってしまうのか。いや、終わらせていいはずがない。


―「モルさんは鳥みたいだね」
―「翼?」
―『翼かぁ…きっと気持ちいいんだろうね』
―「いいなそれ!モルジアナ、そしたら俺も空に連れてってくれよ!」


仲間たちを守る力を、共に誓った未来を、





―『目覚めよ、アモンの名の元に焔に宿る炎熱の眷属よ』




熱く金属器に宿る熱。
直感で感じた。この熱は、自分に力をくれると。

そして手が届かなかった未来には翼を授け、神は彼女に力を与えた。
彼女に宿った新たな力。





「眷属器"炎翼鉄鎖"!!」















『!』


頭をよぎった何かに、頭を抱えたウリエルはその場で歩みを止めた。

瞼の裏に感じる熱。
一瞬胸に疼く不快感が思わず顔を歪ませる。


『…目覚めたか』


しかし関係ない。

生まれたものはいずれ死ぬ。
生まれるのが早かろうが遅かろうが、死ぬときは死ぬと決まっているのだから。
例えそれが命でなくとも。
形あるものもないものもいつかは消えてなくなる。

先に行かせた3人が通った道は長そうだ。
瞳を閉じ、力の根源を感じ一番力を感じる壁に手をついた。



『…面白い…見届けてやろう。その力の行く末を』

ビィィィィィ



黒いルフが掲げた腕に瞬き、そして次の瞬間壁は美しいまでに崩壊し一筋の道が出来上がっていた。







亡骸には微笑を添えて

(怪しく笑う彼女の周りに)
(黒く美しいルフが輝く)

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