4人の背中を見送り、一人になったシエルはまず辺りを観察していた。
見回しつつも思うのはザガン攻略のこと。
信じていないわけではないが4人が心配ではある。
モルジアナに何をしたのか、自分の体ではあったがウリエルが何をしたかはわからなかった。


『ねぇウリエル。モルちゃんになにをしたの?』


聞いても答えてはくれず、聞こえてくるのはトランの人たちの呻き声。
呻き声が聞こえてくるのはどうも気分がいいとは言えない。
しかし向き合うしか助ける方法ももつけられない。


『……せめてこっちのことは助けてよ…?』


気まぐれというか自分勝手というか。
もう、と息を付きながら辺りの木々や迷宮生物を見回す。

この根が繋がっているのは全て迷宮の地面。
しかし人の体に無理に寄生させているなら引き剥がす術はある。
まずは命令式の中に人と木を繋ぐ術式があるはず。


『(絶対に…絶対に助ける……!)』


巡る魔力とルフの流れ。
1つ1つ理解して命令式を読み取っていけば、行けるかもしれない。






ドンッ

『!?』






目の前の景色が全て吹き飛んだ。

見事にシエルの周囲のみを残して全ての草木と迷宮生物が切り刻まれた。
いや、何が起きたかわかっていない以上切り刻んだと断定するのはいい判断とは言えないだろう。
しかし誰かがやったという確信はある。

シエルは複数の人の気配がする背後を振り返り、ここに来て何度か見た面子と対面することになった。



「うふふ、ごきげんいかが?」

『………あなたたちは…いったい何者なんですか』



既に挨拶などしている程心に余裕はなかった。
シエルに反して彼女たち3人は表情ひとつ変えずにシエルに対峙している。



「私はムスタシム王国王女ドゥニヤ・ムスタシム。こちらは我が騎士、イサアクですわ。そして」
「我が名はイスナーン」

『ムスタシム王国…?確かその王国はマグノシュタットに…』


言いかけて詰まる息。
目にも止まらぬスピードでシエルの頬には一筋の傷が走っていた。


「イサアク。ご無礼はおやめなさい」
「…申し訳ありません」


傷の原因がイサアクの剣だと気付いたのはその会話の後である。
完全に見えなかった。

揃って姿を見せる前、木を全て切り刻んだのは彼だったのか、と今しがた状況を悟り冷や汗が流れる。
だが知ったところでシエルには対抗の術はない。
万事休すか、と苦い表情を見せたシエルにドゥニヤは笑う。


「何も怖いことはありませんわ。ただあまりにも覚醒が遅いので…無理に起こしてしまおうと思っただけです」
『さっきから…覚醒ってなんの話ですか?』

「まだ気付いていないのか」

『……気付く?』
「…まぁいい。ドゥニヤ、やれ」


スッとドレスの端を持って優雅な歩みでシエルと距離を詰めるドゥニヤ。
警戒を怠らなかったが、シエルはゴクリと息を呑む。
"やれ"とは随分物騒な言葉だ。
何をしてくるかも何が目的なのかも全くわからない。

ドゥニヤは黒い杖のようなものを構え、満面の笑を浮かべた。





「あの方の主にふさわしい最後として」

「あなたの心は、永遠に眠っていただきますわ」






『…!?』





とにかく応戦を、とシエルが金属器の力を開放しようとした瞬間。






パキンッ


『え……?』





シエルの右腕の金属器は粉々に砕け散った。

ドゥニヤは言った。
"心を永遠に眠らせる"と。



「さようならウリエルの主さん」



そう。彼女たちの目的はシエルを殺すことではない。
ウリエルの主であるシエルの"心"を殺すこと。
先程のドゥニヤの言葉を言い換えるなら、シエルの心を"夢に堕とすこと"が彼女たちの目的である。



「そして初めまして」



虚ろに全ての光を失った瞳。
まるで死んだように伏せられた瞳がドゥニヤの声に呼応してゆっくりと開かれる。

もちろんその輝きは真っ赤に染まる。




「我らが、闇の王よ」




まるで血の色のように。






目覚め、覚醒


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