なんでもいいから小さなことでもコツコツと。
決め込んだからにはやるぞ、とジャーファル、机の上に広げられた大量の資料を前に気合いを入れた。
知識がないというのはとても不利な事項が多い。


「まずはこちらの世界の基礎を学びましょう。価値観の相違は身を滅ぼしかねません」
『はい!』
「その後にルフ、マギ、ジン…あと迷宮等について説明します。わからなくなったら全然構いませんので遠慮なく途中で止めて下さいね」


では、とジャーファルが本を指差す。
0からのスタートは覚えることが山の様にあるのだから躓いたら負け。
躓く前に足を休めるか躓かないように全力で走るか、どうにかしてしがみついていかなければならない。

シンドリアから始まり、他国の状勢など、聞いていく内に世界観が全くもって違うことに驚いた。
完全に違う世界に来てしまった、という気持ちと自分の知っていた世界と全然違う世界を知れて嬉しいという気持ちが入り混じる。
慣れない羽ペンを手に取り、できるだけメモを取っていく。
勉学に励むのは嫌いではなかった。
知識の吸収は自分を成長させてくれるような気がしてならなかったから。
今思うと、馬鹿な自分の精一杯の背伸びだったのかもしれないけれど。


「大丈夫ですか?」
『大丈夫です』

「…随分書きましたね」
『そうですか?』
「いえ、良い事だと思います。…シンに爪の垢を煎じて飲ませたいぐらいに」
『……お疲れ様です』


なんとなく何かを察してしまい、思わず頭を下げる。
ヤムライハも言っていたがシンドバッドはなかなか仕事を進んでやるタイプではないらしい。
王様がそれでいいのか、なんてことを思ってしまうけどジャーファルの様なサポートもあり国は回っているのだろう。


「ジャーファルさーん!」

「あ、ヤムライハ。遅かったですね」
「ちょっとアラジンくんに捕まっちゃって、さっシエルちゃん!ここからは私も参加するわよ!私のことは師匠と呼んで!いい?」
『はっ、はい師匠…?』
「よろしい!」


バターンと大きな音を立ててヤムライハが入室。
既にヤムライハが来るということは聞いていたので登場に驚きはしなかったもののヤムライハの高いテンションの方に驚いてしまった。
ジャーファルも妙にテンションの高いヤムライハに若干の違和感を感じる。
とはいってもものを教えるのにやる気があるなら文句はなく。


「どこまで終わりました?」
「各国の情勢は全て」
「…早くないですか…?」
「シエルの呑み込みが早いので。とても助かります」
『そ、そんな…ジャーファルさんの教え方がわかりやすいからですよ』

「…なら今日はお開きにした方がいいかもしれません。一気に詰め込むのはよくないわ」
「そうですね…」


ヤムライハとジャーファルがアイコンタクトを交わす。
その視線には意味があったのだがシエルにはただ目を合わせたというぐらいの認識ぐらい。

今日はそろそろ休みなさい、とジャーファル。
知りたいことは沢山あるがわざわざ仕事の時間を削って貰ってまで知ることではない。
これから時間はまだまだあるし、今日の残った時間は教わったことの復習だってできる。

シエルは机に積まれた本を部屋に持っていいかを問うて許可を貰い、それを腕いっぱいに抱えた。


『明日もお願いします、師匠!』


そういって部屋を駆けて行ったシエルに、ヤムライハは満足げにほほ笑むのであった。


「あの子…きっと強くなりますよ」
「えぇ…私もそう思います」

「ウリエルに魅入られた以上…シエルには強くなって貰わないといけませんから」
「……大丈夫でしょうか」
「ジャーファルさん。見かけによらず女っていうのは強いんですよ」


ふふふ、とヤムライハが笑う。
女の身で八人将まで上り詰めたヤムライハが言う言葉には妙な納得がある。
まだ一歩引いた感じではあるものの心は開いてくれる、シエルの笑顔が見られるようになったことにヤムライハは強さの一部を感じていた。


「なら…私はその強さを信じることにします」


ジャーファルは廊下を駆けて行った小さな背中を見つめ、シエルのただならぬルフの気配を感じるのだった。






世界を広げる交声曲

(ところでヤムライハ…突然師匠だなんてなんのノリです…?)
(可愛い女の子の弟子に師匠って呼ばれるの…夢だったんで…)
(…そうですか。…このままだと私まで師匠と呼ばれてしまいそうですね…)

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