自分の無力を痛感する形が自虐から泣き言に変わった。
その変化はいいのか悪いのか、狼狽える周りとは裏腹にシエルにはいいものに感じた。

白龍を突ついたザガンもここまでの豹変ぶりにたじたじになってしまい聞こえてくる声だけでもそれは伝わってくる。


「弱虫くんがないちゃった?ハハ…」
「うっせーバカ変態仮面!」

「!!」


今まで綺麗だった口からは暴言が飛び出し誰の待ったも聞かなくなってきてしまった。


「お、落ち着けよ白龍!」


止めに入ったアリババにキッと振り返る白龍。
その瞳にはまだまだ涙が溜まって見える。


「うるさい!!大体あんたはなんなんだよ!?どうしてあんたみたいないい加減な奴が強いんだ!?
自分の国放っぽってシンドリアでのんびりしてるよーな奴がよーーー!!!」

「!!ちょっと白龍さん、それは言い過ぎ…」
「うるせー怪力女!!」

「お、おにいさん落ち着いて……」
「お前もうるさいチビ助が!!」

『…は…白龍くん』
「うっせー能天気女!!」


まさに泣き叫ぶといった表現が正しい。
止められない豹変に唖然と白龍を見守るしかなくなってしまった一同。
誰の言葉も耳に貸さず泣き叫ぶうわああああという白龍の声は時間が経過するにつれ徐々におとなしくなっていった。
元の彼は冷静だったのだから、正気を取り戻したという方がいいだろう。

長い長い迷宮の途中、再び辺りは静まり返る。
しかし1度完全に取り乱してしまった彼になかなかかける言葉が見つからなかった。
誰もが言葉を発するのを躊躇する中、アリババが白龍に手を差し伸べた。


「…白龍…そろそろ行こうぜ」
「…………先に行ってください。もう、俺は同行できません…」


自分でも取り乱してしまったのがショックだったのだろう。
このような形で素の自分が露呈するとは白龍自身も予想外だった。
羞恥はもちろん、情けなさが表に出てしまいその手を素直に取れずにいる。


「さっきの…お前のアレはさ…別に恥ずかしいことじゃねーだろ?それだけお前が何か…でかい問題抱え込んでるってことだろ…?
その…お前の大事な何かのためによ…生きてここを出るべきなんじゃねーのか?
俺たちの力を借りるべきだよ

一人じゃ何もできねーぜ…」


「うるさい!!!」


叫ぶと同時にアリババに向けられた槍。

白龍の知るアリババはずっと誰かに囲まれていた。
決して一人ではなかった。
誰かが、周りに…傍にいた。

それは尊敬するシンドバッドであったり、兄であるサブマドであったり、友人と慕うシエル、アラジンやモルジアナであったり。
全てが自分とは違っていた。


「俺は…あんたとは違う!!
一人でも責任を果たさなきゃならない!
できないからじゃ済まされない!!

俺は一人で果たさなきゃいけないんだ!!」


その言葉にアリババは槍の切っ先にわざと首を近付けた。
そして叫ぶ。


「一人じゃ何もできない!!!」


シエルにフラッシュバックしたのは先程の夢見部屋での出来事。

若かりし頃のアリババとカシム。
すれ違ってしまった2人がどんな運命を辿ってしまったか。
ずっと友達だと誓ったあの日の2人が。


「カシムも…」


その途中でアリババが見てきたこと、考えたことは全てシエルの中にある。


「俺は…俺は………」


こっと早く誰かに助けを求めていればよかったのに。
そうしなかった結果、今という辛い現実がある。


「……!?」
「俺が殺した!」


握った拳に滲む涙。

その全てに込められた思いが誰に伝わらないというのだろう。
言葉では語れない思いがアリババにはあった。

白龍の胸にアリババの思いが染みる。
ずっとアリババは笑っていた。
出会ってから今の今まで、彼はずっと笑っていた。
笑顔の裏には隠されたものがあると思いながらも、白龍はそこを見ていなかったのだと。


「とにかく…俺が言いたいことは…人間一人じゃ何もできないってことでさぁ…」


シンドバッドも言っていたじゃないか、"彼はきっと君の手本になる"だろうと。


「そうですね…」
「…んっ!?」


予想以上にあっさりと肯定した白龍に思わず目を見開いたアリババ。
しかしもう心に架け橋はかかった。

自分は変わらなければならない。
弱虫な自分を変えるため、大切なものを守るため。


「無力な俺に力を借して欲しい。あなたたちと一緒に、どうか戦わせてください」


頭を下げた白龍の瞳はしっかりと4人を見据えていた。

―もう大丈夫

シエルはずっと白龍に言いたかったことを言ってしまおうと口を開く。
シエルは先程のザガンの言葉が突っかかっていた。


『ねぇ、白龍くん』


誰かに助けを求めるのは間違っていることじゃない。
白龍は白龍で、アリババはアリババ。
一生付きまとうその事実は代え難い事実であり変える必要だってない。


『誰かと同じになる必要も、なろうとする理由もない』


礼をするために握った白龍の手を包み込み、シエルはぎゅっとその手に力を入れた。

弱虫で何が悪い。
弱い者があるからこそ人は集まり、肩を寄せ合い、支えあって生きて生きているのではないのか。



『それに、誰かと仲間になるのに資格なんていらないんだよ』



少なくともシエルはそう確信している。
そうでなければ、今シエルはここにいないことだろう。

シエルはシンドバッドにも、アリババにも、アラジンにも、沢山の人に救ってもらった。
だから次は自分の番になればいい。
少しでも、誰かの支えになりたくて。





だってもう仲間でしょう?

(はい、アリババくん。ハンカチ)
(あ……ワリーシエル……俺ホントカッコつかねぇな…)
(ううん、かっこいいよ)
(…サンキュ、シエル)

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