「シエル……?」
『……』
白龍の頬を叩いた手がじくじくと痛む。
白龍も、シエルも、何も言わなかった。
なぜならば、シエルは白龍の"成すべきこと"を知っていて、白龍もそのことを知っているのだから。
怒る理由はあったとしても、譲れないプライドは誰にでもある。
「いくら貴方でも…この"迷宮"では俺に手助けはしないでください」
『!だから……!』
「そこの黒髪くんの言う通りだよ〜!!」
「「「!?」」」
突然の横槍に、流れていた涙は吹き飛んだ。
意識しなくとももうわかる、ザガンの声。
「あんまり助け合いとか困るんだよね〜君たち強すぎるからさぁ……まとめて戦われるとそれぞれの実力が見極められないんだ」
やはり、あれだけグダグダ言っていても一応王の選定はするつもりなのだろう。
確かにザガンの言う通り纏まっていては個々の能力は判断し辛い。
ならば、どうしろというのか。
考えるよりも先に答えはあちらが用意してくれていた。
「だから次のステージでは…3チームに分かれて戦ってもらうよ〜!」
『3…?』
この複雑怪奇な迷宮内で分断されるのは得策ではないことぐらいわかっている。
しかし全員で5人であるこの団体をどう3つに分担するのだろう。
「そう、3チーム。
今から別々の道を行ってもらうよ〜!
道の奥にはゴールがある。
ただし、それぞれのゴールへたどり着かないとさらに奥には誰も進めない仕組みさ〜」
『なるほど…個人の能力を見るには効率はいい…けど…』
普通のものなら生存率は著しく下がる。
5人とも力があるとは言え生きて道をすすめる保証などどこにもないのだから。
「3チームってことは…2:2:1になるな…」
「誰と誰にしよっか?」
「何言ってんの?組み合わせは僕が好き勝手に決めるに決まってるじゃん!」
「「「『え?』」」」
「マギとそこの金髪くん。
黒髪くんと赤髪の女。
そして…ウリエルの主、君には1人で進んで貰おうかな」
「「「「『!!』」」」」
ゴゴゴ、と音を立てて目の前の道に3つの扉が現れる。
今回はあまり悪趣味ではなく普通の扉に見えた。
まぁ、一歩足を踏み入れれば普通などと言っている暇はなくなるが。
「あ、君の扉は真ん中だよ。それ以外ならどっちを選んでもいい」
『…何を企んでいる…?』
「おやおや、主までウリエルに似てきたんじゃない?なぁに、僕が彼女のために用意した"特別な部屋"さ」
つまりは何かが仕掛けてあるということだろう。
全く面倒な迷宮の主なことだ。
残りの2つの扉の行き先を決め、3手に分かれてそれぞれが扉の前に立つ。
この先に何が待ち構えているのかは足を踏み入れなければわからない。
その上扉を抜けた先、合流地点まで全員が無事で入れる保証はない。
「シエル…気をつけろよ」
『うん。……皆、また後で』
「あぁ!」
「うん!」
「はい」
「…」
『……』
扉に立ち入る直前、シエルは返事をしなかった無言の白龍の方に視線を向けた。
彼の張り詰めた表情にシエルもどこか心を痛めながら、しかし前に進まねばならぬ。
頼むから先走ったりしないで、そう願いを込めて。
シエルはギュッと両手を握り締めた。
ばらばらに、踏み出した一歩
(扉に置いた手は自分の手だけで)
(あぁ一人なんだなって、思った)
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