立ちくらみのような感覚が一瞬シエルを襲った。
この迷宮にいる間、何度かウリエルはシエルの体を借りることだろう。


「さっきまでの記憶は?」
『またちょっと飛んじゃってるかな…ウリエル、何か言ってた?』


慣れないとな、と思うと同時に覚えていない間のことを聞くのは怖くもあり、それには慣れたくないと思っていた。
恐ろしいことに慣れてしまう事ほど恐ろしいことはないのから。
アリババは最後にアモンが残した言葉がよほど気持ち悪かったのか、シエルから目を反らし言葉の歯切れを悪くする。


「"自分にこれ以上関わるな"ってさ」
『…そっか』

「シエル殿のお体は大丈夫ですか?アモンに魔力を分け与えていたようですが…」
『ウリエルがやったの?だとしても体は全然大丈夫だよ!』
「ならいいんですが…」


駆け寄った白龍がシエルの体を気にかけたが、シエルにはなんら体調に変化はなく。
シエルは次の道と思われるザガンの仮面模様の扉を見てうわっ、と思わず声を漏らした。


『…なにこの悪趣味な扉…』
「それが次の道らしいぜ」

「宝物庫まで一本道にしてやった、とのことです」
『なるほど…じゃあ次はこっちって事だね』
「うん!行こう!」


悪趣味な扉に手を置いて、ギッとその扉を押した。
まだなんとなく顔色の悪いアリババに大丈夫?と聞いたがアリババは大丈夫だと返す。

扉を開いた新たな空間。
ひたすらに悪趣味な空間は続いていく。

メルヘンな空間かと思えば悪趣味な程にグロテスクなものがあったり、アンバランスに形成されていた。


「…これがその一本道か…」


鈍く輝く正方形上の足場が、宙に浮いている。
その足場に点々と居座る兎のような迷宮生物。
顔はあるが表情はなく、ヤムライハのような黒い帽子を被り、杖を持つ姿はまるで魔道士のようだ。

しかし宙に浮く足場のバランスの悪さ、足を踏み外すと落ちるであろう下の空間は何も見えないほどに深い。


「これを渡ってけってか…それにあの生き物…」
「今のところ大人しそうだけどね、どうしよっか?」

『かわいい…』
「え」
『え、この子たち可愛くない…?』


下を見ていた4人とは別に、シエルは迷宮生物を指差して少し頬を染めていた。
確かに先程に比べたら可愛く映るのかもしれないが、今気にするところがそこではないのは確かだ。

気にするとこそっちかよ、と突っ込んだアリババだったが私飛べるから、と少し楽観的な答えが返ってくる。


「シエルさん…そういうことじゃないと思います…」
『あ、ごめんねそういうことじゃなくて、落ちても絶対に私が助けるから。だから皆は落ちる心配より、進む心配をして欲しいの』

「…そうだな!行くっきゃねーだろ!どんな罠があろうがこれが"宝物庫"への道ならば!」


浮遊する足場を慎重に下っていきながら、アラジンは迷宮生物に手を振るレベルでは心は落ち着いている。
全員、決意を新たにした為か道すがらは順調に進んでいく。


「シエル殿、手を」
『ありがと白龍くん』


上の段から下の段へ下がる高い段差を降りるシエルに手を差し出した白龍。
差し出された白龍の左手を取った瞬間、輝く小さなルフが舞った。


『?』
「どうかしましたか?」
『……ううん、なんでもない』


どうやらシエルが違和感を覚えたそれが白龍には見えなかったらしい。
気のせいだったのだろうか、そう思って次の足場へ踏み出そうとした時。

再び歌にも似た、ザガンの声が聞こえた。






暇を詰めて嫌がらせ

(…ザガンの声……)
(迷宮の…歌…)

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