白い迷宮生物はまるで名前の言うことを聞くかのように迷宮の奥の奥へと消えていった。
スっと引いていくシエルの瞳の赤み。
今は、完全にシエルも意識があった。
『……』
勝手に自分の口が紡いだ歌は一体なんだったのだろう。
それはまだ誰にも、エルさん自身にもわからない謎に包まれている。
「びっくりしたねぇ、今の白い動物は」
「シエルさん、大丈夫ですか?」
『…うん…大丈夫』
アラジンたちは何も聞かない。
多分、……いや絶対わかっている。
だから何も聞かないし、シエルも何も言わないのだ。
「白龍も、顔色悪いぞ大丈夫か?」
「………」
武器を持つ白龍の腕は未だ恐怖に震えている。
しかし、それを悟られぬように大丈夫だと言い切った白龍に、次にアラジンはモルジアナの心配をした。
先程の迷宮生物の爪が掠ったらしかったが、強靭な肉体を持つモルジアナにはなんら問題ない。
大丈夫とは言え、自分を庇ってできた傷。
「俺のせいで…すいませんでした。次こそは、足でまといになりません…!」
白龍は気まずそうに口を開く。
「?気にしないでください、本当に何にもありません」
「白龍はまじめな奴なんだな!」
モルジアナもアリババも気にしていない様子だった。
だが白龍は浮かない表情のまま。
シエルもまだ浮かない表情だが、つかつかと白龍との距離を詰める。
震える手。シエルはそっと白龍の手に己の手を重ねた。
『焦らないでいいよ』
「シエル殿…」
『私も、全然わからないけど…大丈夫、皆が付いてる』
自分のことがわからないこと程怖いことはない。
それなのにシエルは笑っている。
その姿に白龍は、やはりシエルは強い人だと思った。
「…はい」
同時に自分の不甲斐なさを悔しく思う。
先に進むか、という意気込みで次を目指そうとした時、今しがた5人が通ってきた小さな抜け穴から悲鳴が聞こえてきた。
「なんだ?」
「最初の部屋から………?」
この迷宮で5人以外の誰かの悲鳴が聞こえてくるなんておかしい。
慌ててUターンをして抜け穴を通り抜けると再び聞こえてくる悲鳴。
まさか、と思い穴をくぐった先に。
『やっぱり…!』
「どうしてあの子がここに…!?」
そこにいたのはザガンまで船で案内をしてくれたトランの少女だった。
小さなナイフを持って辺りの迷宮生物たちに向けているが泣きなから恐れる切っ先に意思はなく。
恰好のエサだとばかりに迷宮生物たちは少女を触手で拘束しようとしていた。
シエルはダッと少女のもとに駆け付け、触手を解いていく。
『この子を離して』
迷宮生物にシエルが言うと、まるで命令を聞くかのように触手が解かれていく。
やっぱり自分には何か力があるのだろうか。
思いながらも解放された泣きじゃくる少女を優しく抱きしめる。
『どうしてここに…?』
「!」
「付いてくるなと言ったじゃないか!」
『…白龍くん?』
「"ご、ごめんなさい…"」
なぜ白龍が怒るのか、そして付いてくるなという事は一度ついてくると言っていたことを意味している。
一度は白龍に連れて行って欲しいと言ったが、白龍は危ないからとそれを良しとはしなかった。
しかし、父と母を助けるためにやはり我慢できず付いてきてしまったのだ。
『お父さんとお母さんが…』
「"大丈夫だよ、俺たちは強いから必ず君の両親と一緒に、無事に"迷宮攻略"してみせるぜ!"」
アリババが拙いトラン語を使い少女に語りかける。
ごめんなさい、ありがとうと涙を流す少女にシエルは切なくなった。
ぎゅっと少女を抱きしめてやれば温もりが伝わってくる。
迷宮というのは、この温もりすら無くそうというのだろうか。
「そうはさせないよ〜」
「「「『!?』」」」
誰だ、と声を振り返ると見知らぬシルエットがそこには佇んでいた。
降り立った人物は不気味な迷宮生物達の頭を撫で、怪我はないかといたわっている。
フランソワーズ・マリアンヌと語りかけられる迷宮生物たち。
「な……なんだ…?あいつ……」
「君たちさ…これ以上僕の可愛いクマちゃん達をいじめないでくれる?」
パチン、と指を鳴らした瞬間その体は巨大化し、そして。
「ようこそ、僕のイカした"迷宮"へ!!」
唖然と立ち尽くした一同。
しかしシエルはまた、意識が少し遠のくような感覚を覚えた。
またこの感覚か、とどこか他人のように自分の意識が離れていくのを感じて。
『……イカれた、の間違いじゃないのか。……ザガン』
彼女はザガンに対峙する。
欠落に途絶える静謐
(シエル殿…?)
(いや、違う…今はエルさんじゃない。…ウリエルだよ)
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