オマエら超ウマそう、と連呼する小さなカメ。
喋るカメはどんどん無数に落ちてくる。
ぞろぞろと列を成してやってくるカメに驚いている暇もなく、カメは牙を剥いて白龍の指へ噛み付いた。
「なっ…なんだこいつは!!俺を食べるな!」
「落ち着いておくれよおにいさん!」
一瞬慌てたもののアラジンの落ち着いた物言いに冷静さを取り戻し、シエルは辺りを観察した。
喋る生き物、というものを異質と取るのか。
それとも、"迷宮の中"では普通だと割り切ることができるのか。
同じく指を噛まれたアラジンは"喋るただのカメだ"と解釈した。
その例としてシンドリア八人将のドラコーンを挙げていたが彼は元は人間なんだよなとアリババ。
しかしそれ程にも彼らは冷静だった。
モルジアナもアモンにいた生物も喋っていたと自分の記憶を遡る。
『この世界ではこれが"普通"なんだね』
「そうだね…このカメも、飲み込まれた村の人たちの言葉を覚えちゃったのかな?」
「!」
アラジンの言葉に白龍がハッとして改めて気合を入れる。
彼には4人よりも背負っているものが多かった。
村人たちを助け、迷宮を攻略し、力を手に入れる、それは容易ではない。
『ごめんね、君達はお家にお帰り』
シエルは小さなカメたちにそう語り掛け、カメたちはシエルを見上げる。
食いついてくる様子はなく、カメたちはノソノソとUターンをして体に合った小さな扉の先に戻って行った。
その様子は微笑ましく、皆の顔には思わず笑顔。
さぁ、一度驚いてしまえばこちらのもの。
「よしっ!これから先も何が出ても…落ち着いていこうぜ!」
「おうっ!」
意気込んで新たな扉を進むべく、無数に散らばるドアを開けた。
しかし
「なんだオマエ?」
「オマエらうまそうだな」
「オマエらウマそう!オマエらマルカジリ!」
「ひぃいい!なんだこいつら?!」
その冷静さは一瞬にして失われることとなった。
口から触手のようなものを吐き出し、人ごと絡め取ろうとする謎の迷宮生物を相手にしながら5人は奮闘する。
『ア、アラジンくん!』
「エルさん…た、助かったよ…」
『〜〜〜!もう!』
迷宮生物の触手に取り込まれかけていたアラジンを救出し、抱え上げる。
しかし次々に手に足に巻き付こうとする職種に気持ち悪さが頂点に達したシエルはアラジンから手を離し、武器化した金属器を迷宮生物に向けた。
シエルの金属器から矢のように放たれた光の糸が辺りの迷宮生物一帯を全て巻き込んで縛り上げた。
『…これでしばらく大丈夫でしょ…』
「さすがシエルだな!」
粗方シエルの金属器で一箇所に纏められた迷宮生物に5人はとりあえず 一箇所に集まる。
「もう扉を開けたほうが良いのでは!?」
「いや…"迷宮"を攻略するなら今回もどこかにある"ジンの宝物庫"に行かなきゃならねーんだ。この中から先へ進む道を探さなきゃな!」
『宝物庫…そういうのがあるんだ』
「はい。大体は迷宮の最奥にあると思います」
『なるほど…』
一度攻略した迷宮と違い目印がなかったりと相違点を探し、とにかく扉を開けていく結論へ至る。
迷宮生物に対する驚きは薄れてきたのか、今度冷静になれるのは意外と早かった。
白龍とシエルは実質初の迷宮攻略になるのだが、シエルは嫌に落ち着いている。
恐らく、少し質は違うとは言えウリエルを攻略した経験だろう。
1人精神的に遅れを取っていることに力んだ白龍が目の前にいる迷宮生物に槍を振りかぶった。
その瞬間、シエルとアラジンの視界に入ったのは
『あ…!』
「待って白龍おにいさん!」
ピタリと手を止めた白龍が槍をふり下ろそうとしていた迷宮生物の後ろに同種の小さな迷宮生物。
親子なのか、震える小さなそれを庇うようにしている姿にシエルはそちらに足を向けた。
この時、シエルの瞳が赤みを増したことに気づいた者はいなかっただろう。
『…怖がらせるつもりはなかったの、……"家へお帰り"』
先程も一度迷宮生物に放った言葉。
しかしシエルの言葉に辺りの牙を剥いていた迷宮生物は全てピタリとその牙を収めた。
え、とシエルが、全員が思った時。
一瞬にして全ての迷宮のドアが開いた。
『なんで…』
シエルを誘うように呼応し、開いた不思議なドアにシエルは頭痛を覚えた。
―「貴方は私、私は貴方。迷宮に響く声は貴方の声であり私の声でもある」
収まっていた痛みがなんなのか。
わからないままに迷宮を突き進んでいく。
「ドアが開いたぞ!」
それしか今道はないのだから。
呼応する心
(シエル殿?顔色が…)
(…なんでもない、大丈夫だから)
(……そうですか)
_