綺麗な羽の生えた天使。
形容ではない、本当に私の目の前に立っていたのはまさに天使だった。


―起きなさい
『…誰?…』

―貴方は起きなければならない
『なんで…?もう、これ以上生きてたっていい事なんて』

―…いい加減になさいシエル。逃げるなんて私が許さないわ
『貴方は……いったい誰なの?』

―私の名前はウリエル。慈愛と悲哀、そして覚悟より作られたジン。貴方を…ずっと待っていた。



夢は、そこで途切れてしまった。







重い瞼を開ける。
いつもよりかは軽く瞼が開くような気がするのはよく寝たからだろうか。
眩しさに開けた瞳がもう一度閉じかける。
だが次には隣に座っていた人影に驚いて目を見開いた。


「あ、おはようございます。大丈夫ですか…?」
『!』


夢じゃ、ない。
シエルはかけられていたシーツを身に抱きしめて、片方の手で頬を抓る。

痛い。確かに痛い。

自分の知らないところに来てしまったということは先程の夢に続く夢ではないようだ。
目の前に立っている赤毛の少女は起き上がったシエルを見て距離を詰める。
よく見れば奥のソファではあの混乱の中唯一名前を聞いた者の1人、シンドバッドが寝そべっていた。
…どうやら彼は眠気に耐え切れずに寝てしまったらしい。


『体調は…なんともないです』
「なら…よかったです。シンドバッドさん、いい加減起きてください。ジャーファルさんが来ますよ」
「ジャーファル!?」
「…嘘です」


執務に追われる夢でも見ていたのだろうか。
モルジアナの言葉に飛び起きたシンドバッドが様子を見守っていたシエルと目を合わせる。


「おはよう。起きていたんだね」
『あ……はい』

「落ち着いたかい?」
『…昨日、よりかは』
「そうか。それならよかった」


長い髪を無造作に跳ねさせつつ、気さくに笑う。
シエルは既に混乱していた。
自分の体調なんかを気に使って、それに加えて笑うだなんて。


「実はこちらは事情は大体把握済みなんだ。なんとなく気付いているとは思うが…落ち着いて聞いてくれるね?」
『……はい』

「それと…キミの事情を説明しておきたい者が何人かいる。同席を許して欲しい」
『…はい』


モルジアナに8人将とアラジンたちを呼んでくることを頼み、モルジアナは部屋を退室する。
部屋には2人。
シンドバッドもこの現象のすべてを知っているわけではないので聞きたいことは色々とある。
それを聞くのは重要面子が揃ってからになるだろう。


『あの…シンドバッド……様は王様なんですよね…?』
「ん?あぁ、そうだが」

『き、昨日は…その、大変なご無礼を…』


シエルは昨日のことを思い出し、混乱していたとはいえ王様の手を引っ叩いてしまったしまったということに酷い罪悪感を感じていた。
許されることではないと思いつつ思いっきり頭を下げ、謝罪をする。

微かな記憶からシンドバッドの後ろに控えていたジャーファルの射殺さんばかりの視線と殺気を思い出し、やはり処罰をされてしまうのだろうという覚悟もあった。
それと同時に、やっと終わらせることができるのかという気持ちも。


「顔を上げてくれ」


ビクリと肩を揺らし、ゆっくりと顔を上げる。



「俺はそんな顔をさせたいわけじゃない。……どうせなら女性には笑っていて欲しいしな」

『!』



シンドバッドはボサついた自身の髪を掻き上げて笑みを浮かべた。

まさかそんな対応が返ってくるだなんて思ってもいなかったのでシエルは不意打ちにも近いものを感じた。
一国の王を引っ叩いて何のお咎めも罰もない?
ある種違う混乱が頭を巡り、言葉を出しあぐねているとドアの開く音。


「早速ナンパですか。シン」
「王サマ手ぇ出すの早くないですか〜」
「手は出していないだろう」
「アンタと一緒にすんじゃないわよ」
「んだとぉ?」
「なによ?」

「おねいさん!目が覚めたんだって!?」
『え?っきゃぁ!』


予想を上回る人の多さにどうしようと思った矢先、自分が木を失う寸前に聞いた幼い声が聞こえ、同時に胸元辺りに確かな重力感を感じる。
ベッドに押し戻されるように倒れ、状況を把握しようと思えば自分の胸元に埋まっている顔。


『あ、アラジン、くん?』
「そうだよ!」
『っん、あ、くすぐった…!』
「やわらか〜い」
「お…………オイこらアラジン!」

「コラー!!」


アラジンのこの行動に至っては言うまでもないだろう。
だがまさかここまで見境がなくなるのかとあきれ半分驚き半分の上でアリババが急いでそれを引き剥がしにかかろうとした。

が、アリババが行くより先にヤムライハの持っていた杖がアラジンの脳天を直撃。
唖然としつつも涙目で引き剥がされたアラジンに若干申し訳ない気持ちになった。


「まったくもう!」
『えっと……あ、ありがとうございます…?』
「いいのよ。それよりごめんなさいね?ビックリしたでしょう?」
「お前のおっかねー顔にな」
「ぶん殴るわよ剣術バカ」


一気に騒がしさを増した一室。
事情の説明はどこへやら、勃発したやりとりにシエルは思わず笑ってしまった。


「キミも、綺麗に笑えるじゃないか」
『え?』

「てっきり笑顔さえもなくしてしまったと思っていた。でもそうでなければ…これからいくらでも変わっていけるだろう」

『!』


"―…いい加減になさいシエル。逃げるなんて私が許さないわ"

言われて気が付いた。
きっとシエルは逃げていた。
現実に向き合うことに、すべてを受け入れることに。



「君はもう苦しまなくていいんだ」



抑えが利かなくなって目頭から滴が伝う。
ぼろぼろと止まらない涙。

感情を抑えられなくなっただなんて生まれて初めてだった。
恐怖以外の感情なんか、自分の中からは消えたと思っていたから。
それもこんな初対面の人たちに囲まれた中で。
変われる。きっと、変わっていける。



ここから始まる回旋曲

(あー!王ってば女の子泣かせたー!)
(シャルルカン人聞きの悪いぞ)

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