ザガンへの出発は明日、という事でその日は村長の好意により村に泊めてもらうことになった。

神妙な面持ちで事を構える白龍。
彼がこの迷宮攻略に臨む気持ちは人一倍強いだろう。

愛用の槍の手入れを怠らず、磨いた切っ先に己を映す。
顔に負った火傷の跡。
この傷跡を負った時から、渦巻く黒い心は引くことを知らない。


「俺の力で…ザガンの力を…!」


シンドリアに求めてきた力。
手に入れることができるかもしれない、それは白龍のたっての願いであり復讐への第一歩になる。


コンコン

『白龍くん、起きてる?』
「!シエル殿」


扉を叩いた声の主に、磨いていた槍を傍らに置き、白龍は慌ててドアを開けた。


『ごめんね、寝てなかった?』
「はい大丈夫です。中にどうぞ」
『あ、ありがとう』


本来、男3人と女2人で別れていたのだがアリババとアラジンが女部屋に遊びに来ていたため白龍が1人だと踏んで部屋に訪れたシエル。
アリババとアラジンのいない部屋にシエルを招き入れ、地面に座り込む。
先程まで磨いていた槍の切っ先に2人の姿が反射した。


「それで、何か用ですか?」
『ううん…ただ、なんか寝れなくて』


夜になるにつれて、比較的この村は静かだ。
明日の迷宮攻略に向けて心身準備をすべきなのだろう。
しかしどうにも落ち着かないのは全員らしい。


「アリババ殿達も落ち着かないのでしょう」
『白龍くんも…それ、磨いてた?』
「はい」
『やっぱり』


触っていい?と聞いて返事を貰い、シエルは白龍の槍を手に取った。

手に感じる重み。
これで彼は運命を切り開こうというのか。

運命を切り開くだなんて大層なことを考えるつもりもなかったのだが。
力を得ることを急く彼を見ているとそんなことを考えてしまう。
自分の力は求めて得たものではない。ウリエルというジンに与えられて得たものだ。

しかし力を得ることを決めたのは自分。
この道を選んだのは自分。


『…白龍くん』
「はい?」


『焦らないで大丈夫だよ』


身を映す程光る切っ先、どれだけ丁寧に磨かれたかがよくわかる。

迷宮攻略にかける気持ちも。
何か大きな決意があることもわかっている。


『焦らなくても…きっと大丈夫』
「…しかし」

『憎しみで我を忘れちゃダメ。それこそ得たい力から遠ざかっちゃう』

「……俺には時間がないんです」
『なら、落ち着いて』


カタンと槍を置き、シエルは白龍と真っ直ぐ視線を交わらせた。
双方の瞳が映しあう姿。


『私は白龍くんが煌帝国を滅ぼすっていう事事態には反対したい』
「…」
『でも、白龍くんの力になりたいのは本当だから』
「え…?」

『シンドバッドさんがどうするか…私にはわからない。でも、私は力にはなりたい』


それが言いたかっただけ、とシエルは立ち上がってドアの方へ歩き出した。



『付き合わせてごめんね。おやすみなさい』

「あ…」



閉じられたドアの先に。
思わずシエルの背中に手を伸ばした白龍の手は虚しく宙を掴んだ。

あの真っ直ぐな瞳に吸い込まれそうになった瞬間、紫色の瞳に赤みが増した気がしたのは…見間違いだったのだろうか。

空を握った拳を開き、己の手を見つめる。



明日、この手に掴むは希望か絶望か。






向かい合う背中と拳

(―主)
(…ウリエル?)

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