流れる波の音。
風に乗って薫る潮の香り。
独特の揺れを伴ってやってくる心地よさは何とも言えないもので、初めての船旅というものに歓喜の声を上げた。
外ではピスティが南海生物と心を通わせているのが伺え、アリババとアラジンはそれに便乗しているらしい。
しかしシエルは甲板には出ず、船内の厨房にて料理をしていた。
「シエルさん、少々よろしいですか?」
『はい?』
「その…白龍皇子が厨房を使いたいと仰っているのですが…」
『白龍さんが?』
「皇子のいう事を無下にもできず…わ、我々はどうしたら…」
『…じゃあ私が白龍さんに付いていますから、それで妥協しておいてもらえますか?』
「あ、わかりました…!」
シンドバッドを始めとし、八人将の信頼も厚いシエルはなぜか臣下の中ではとても信頼されているようだ。
ピスティが甲板にいる為シエルに指示を仰ぎに来た臣下は白龍とシエルを見合わせて小さな声で言ったのだが話を終えるとシエルは白龍の元へと向かった。
その流れで現在料理を作っているわけだが。
「手伝わせてしまって申し訳ないシエル殿」
『いえいえ、私は今回白龍さんの護衛ですから』
ザッと大きな鍋に油を敷き切り刻んだ具材を放り込む。
『それに何かしたくてジッとできない気持ちも分かりますし』
自分だってそうだから、いくら身分があれど同じ人同士。
白龍も同じことを考えているのだろう。
隣でスープを作っていた白龍がパッと顔を上げ、シエルの横顔を見つめる。
少し大人びたように見えるその横顔はどこか白龍に姉を彷彿とさせた。
全く似ていないのになぜだ、問い正し瞳が似ているのだという個人的革新に至った。
―何か、覚悟を決めている強い女性の瞳。
「…えぇ。待っているのは…辛いですから」
『ね』
笑える女性というのは強いものではないかと白龍は思う。
『あ、すいませんそっちの香辛料取ってもらえますか?』
「どうぞ。それにしてもシエル…随分料理が手慣れてますね」
『そうですか?あまり料理はしたことないんですけど…それより白龍さんの方が手慣れているような気がします』
「俺は昔から自分の事を自分でできるように教えられてきましたので」
『なるほど!』
彼の言動、そして地位に思わず納得。
アリババも自分が王家の血を引くものとわかってから勉学や剣術を叩き込まれたと言っていた。
それと似たような感覚なのだろう。
常識は勿論、やはり色々と学ぶべきことはある筈。
でも、そんな人物と今肩を並べて料理をしていることに思わず笑みが漏れる。
「シエル殿?」
『あ、ごめんなさいちょっとこういうのいいなって思って』
「?」
身分なんか関係なしに、今隣に立っているのは皇子以前に友人である白龍だ。
こういうのが、ピスティの言ってたことなのだろうか。
シエルはその気持ちを人知れず笑う。
『こうして親しい誰かと肩を並べて料理するのも悪くないかもです』
できた炒め物を大きな皿に盛り付け、皿をテーブルの上に置く。
自然と零れた笑みを止めることはできず。
シエルの笑みを見た白龍からも笑みが零れる。
「そうですね、ならその他人行儀な"さん"を外してもらえませんか?」
『え?』
「前回は身分があると仰っていましたが…姉上と俺では随分扱いが違う気がしますが?」
白龍がそんなことを思っていたとは、シエルは少し驚いた。
しかし、今の2人の間に身分を隔てるものなどなかった。
その感覚が心地よく、何とも言えぬ胸の穏やかさを感じさせる。
『じゃあ皆でお昼ご飯にしよっか、"白龍くん"』
「!はい」
2人で大量に作った料理を大きなお盆に乗せて、船内から甲板に出るドアを開けてシエルは高らかに叫んだ。
『皆さん昼食ができましたよー!!』
独りと独りが手を繋いでみた
(そうすれば独りじゃないんだね、なんて)
(簡単なことだったんだ)
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