『シンドバッドさん、失礼します』


既にシンドリアを出る荷物を持ち、シエルはシンドバッドの元を訪れていた。
ピスティに言われたように訪れたわけなのだがその表情はまだ少し暗いままだ。
ドアを開けた先にいたシンドバッドは真剣に机に噛り付いている。
これも迷宮攻略に行くシエル達を送り出すまでの緊張感とでも言うのだろう。


「シエル!」


顔を上げたシンドバッドがシエルに駆け寄り、シエルもシンドバッドとの距離を詰める。

しかし、先程とは違いしっかりとシンドバッドと目が合った。
視線を逸らされのは何かの間違いだったのか?と記憶の上書きをし、なら良かったと胸をなで下ろしたのは束の間。

何で呼んだんですか、と聞けば眉間を人差し指でトンと押され自分に眉間が寄っていたことに気付く。



「…さっきから気になっていたんだ。…何かあったか?」



ピスティが気付くぐらいだ、シンドバッドは勿論気付いていたのだろう。
この様子だと朝に自分を呼びに来たジャーファルにもバレている気がしてならない。

ここの生活は勿論楽しい。しかし今はそれを上回る期待と不安が胸を埋め尽くしている。
言いたい、言えない、言いたくない。
渦巻くプラスとマイナスの気持ちがせめぎ合い、でもシエルはグッと拳を握った。


『……なんでも、』
「"ない"はなしだ」

『!』


力を抜けと言わんばかりにシエルの腕が掴まれる。
隠せないのかな、言ってしまいたくなる。

言ったら楽になれる。
分かってても言うのには躊躇が感じられた。
どうしたら、シエルが顔を俯け視線を右往左往させた時、シンドバッドはやれやれとその体を自分の胸に引き寄せた。



「…言われないと俺の方も辛い」
『……言って…いいんですか?』

「言ってくれないとシエルを送り出せん」
『……』



心音が耳に心地よく響き渡る。
人の心音は心を落ち着ける力があるというのは迷信ながら本当のように感じた。





『自分が、何もできないんじゃないかって…怖くて』






付けたと思っていた力が何も役に立たなかったら?
そうなったら自分の存在意義とは?

もしも、誰も護れなかったら?

胸のざわつくこの感覚は勘違いなどではないだろう。
夢は忘れることが多いと言うが今ほどその感覚を恨んだことはない。
気持ちよく起きたはずの朝が急に恐ろしく感じる。
ウリエルに問いかけたって答えてなんかくれなくて。

きっとそれは自分で出さなければいけない答え。



「怖くたっていいじゃないか」
『え』

「シエルは強い」
『……そんなこと』
「あるさ。そしてきっと、アラジン達も力を貸してくれるだろう


一人で頑張らなくたっていい」


『誰かに…頼っていいですか?』
「あぁ」
『………』




ピスティの時も思った、人の感情とは不思議なものだ。
涙が出そうになるぐらい嬉しかった。
本音を言ってしまった後ろめたさなんてもう忘れてしまった。

しかし拭いきれない不安があるのは事実。
シンドバッドの胸の中でシエルは心を落ち着け、囁くように呟かれるシンドバッドの一字一句聞き逃さないようにしていた。



「それでも…気を付けてくれ」
『はい』

「俺はここで待ってるから」

『…はい』



自分を待っててくれる人がいて、自分の身を案じてくれる人がいて。
自分が、愛する人がいて。

私はここに戻ってこないといけないんだなぁ、なんて。
自己満足な惚気話。
そんなことを思える自分を何より幸せに思う。









いってきます

(きっと帰ってくる)
(私は、この場所に)

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