茜色の空が覗く窓の外からグランドを覗き見る。
そこから見えるサッカー部の練習。
視線の先には生き生きとフィールドを駆け回る彼氏の姿。
『拓人先輩…』
汗すら輝かしく見える拓人の姿に息を付く。
なんで私はここにいるんだろう。名前は自分に問い掛けた。
本来なら彼女というポジションを得た自分はもっと近付く資格はある筈なのに、それかできない。
自分が臆病だからという理由だってある。
だがそれ以上に拓人の事を考えて、自分は彼に近付かないほうがいいのではいかとすら思ってしまう。
―『拓人先輩……今日一緒に帰りませんか?』
―「あ…その、悪い。今日はこの後ミーティングがあるんだ」
―『そうですか…』
そんな会話を何度交わしただろう。
今だってグラウンドにいる拓人とは目が合うことはなかった。
自分は彼にとって煩わしいのではないだろうか。
サッカーに打ち込んでいる拓人には邪魔な存在でしかないのだろうか。
思い始めたのは今に始まった話ではない。
葛藤は何度も思ったことの一つに過ぎなくて、結局言えず仕舞いでいた。
でももうそんな自分に別れを告げる時が来た。
右手に持っていた携帯電話。
そのメール送信画面、送り主は神童拓人の文字が既に入力されている。
本文の文面には"別れてください"の文字。
震える指先で送信ボタンに手をかけ、ガラス越しにグランドの拓人を見やった。
筈だったが既に練習は終わってしまったのだろう。
ポツポツと人の少なくなっている人の中に拓人はいない。
今こそ別れを告げる時。
名前は送信ボタンを押した。
『…押しちゃった……』
画面には送信完了の文字。
力が抜けたようにダラリと腕を垂らし、拓人のいないグランドを見つめる。
不意に頬を伝ったのは涙だった。
この行為に後悔はしないと決めていたはずだったのに涙は止まってくれる様子がない。
体中の力までも抜けて窓で支えていた体さえも床に座り込む形になる。
これで拓人に課せていた自分という重荷をなくすことはできただろう。
だが胸にポッカリと空いた虚無感だけは拭い去れなかった。
思いに別れを告げたらもう先を見据えるしかない。
帰らなきゃ、と立ち上がろうとした時廊下から誰かが走ってくる音。
「苗字!」
『!た…』
「…ごめん苗字…!」
『拓人…先輩…?』
けたたましい音を立てて開いた教室の扉の先にいたのは携帯電話を握りしめた拓人が立っていた。
まだスパイクを履いていたままの様子を見るとあのメールを見てすぐに走ってきたのだろう。
ふら付いた足取り名前の前まで駆け寄って思いっきり名前を抱きしめる拓人。
「俺…誰かと付き合うだなんて初めてだったから…その、どう接していいかわからなくて…」
『え…私が初めて…ですか?』
「あぁ……それであんな態度ばっかりとって…結局苗字を悲しませてたんだな…」
『そんなこと…!』
「ごめん」
荒い息を整えながら、でも泣きそうな声で拓人が悲痛な声を上げた。
ゆっくりと体を離し、2人で目と目を合わせたところで時間が流れていく。
「もう遅いだなんて言うかもしれない。でも…今日、俺と一緒に帰ってくれるか?」
『あ…はい…!』
拓人によって拭われた涙が拓人によって拭われていった。
もうその涙を見ることはきっとないだろう。
その日を境に2人は毎日同じ帰路に付くようになったらしい。
隣を歩かせて下さい
(贅沢なんて言いませんから)
(隣にいるだけでいいんです)