耳を優しく撫でるピアノの音。
防音をしていても薄ら聞こえてくるその音に名前は自室へ行こうとしていた足をその音源へと向けた。

―流石我が弟

自画自賛すべきか、名前は満足げに笑いコンコンとそのドアをノックする。



『拓人。私よ、入っていい?』
「どうぞ」



ピアノのせいか返事に少し間があったもののちゃんとそのノック音に気付き、声で名前を判断して部屋へ招き入れる。
清潔感のある部屋へ足を踏み入れ、名前はピアノへと近づいて行く。
拓人は席に座ったまま歩み寄ってくる姉を見つめた。


『調子悪いわね、何かあったの?』

「……ピアノが、ですか姉さん?」
『とぼけないの。貴方の事よ』


言葉を濁そうとした拓人だったが、何年も共に生きてきた姉にそんな濁し方は通用しない。
なんでもお見通しか、と拓人はフッと息を付き肩の力を抜く。


『音を聞けば分かるわ。昔っから分かりやすいんだから』
「…ちょっと色々あって」


問い詰めていっても彼の為にはならないし、どうせ白状しないことも分かりきっている。
名前はピアノを背もたれに腕を組んで拓人を見やった。
その表情はどうにも落ち着かない様子。
自分の心内を悟られることを恐れているようだ。



『言いたくないなら聞かないわ』



自分と似た気質の髪をそっと撫で、名前は拓人を諌める様に優しげな声で言った。
俯けていた顔を上げて暖かい表情の名前にどこか肩をなでおろす自分がいる、拓人はそんな姉の不思議な力に頬を緩める。


「姉さん、お茶でもしませんか」
『あら良いわね。私も丁度言おうと思ってたところよ』


どうにも姉弟考えることは似通っているらしい。


『じゃあ今日のピアノは私が弾くわね』


ティータイム中のBGMは互いのピアノ。
時にこうしてする2人のティータイムは貴重なものだ。
昔から聞いてきた音は気持ちすらも通してしまう。


「姉さんのピアノ聞くのも久しぶりだな」

『そう?じゃあ張り切っちゃおうかしら』
「お願いします」


使用人にお茶の準備を任せ、名前はピアノの席に座る。
拓人のグランドピアノに触れるのも久しぶり。
確かめる様に鍵盤に指を添え、ポーンと音を鳴らした。
傍で様子を見ていた拓人に、名前はそうだと声を上げる。


『ねぇ、久しぶりに2重奏やらない?』
「2重奏を?」


2重奏、1つのピアノを2人で弾く連弾。
幼い頃はよくやったなと拓人も名前も記憶を呼び覚ます。


『ほら早く!』
「弾けるかどうか…」
『細かい事はいいの。ただ拓人と弾きたいだけだから』


ゆっくりとピアノへ近付き、横に広い椅子の端に寄った名前の隣へ拓人は腰を下ろす。
どこか懐かしさすら感じる感覚に身を任せ、2人は並んでピアノの鍵盤に指を滑らせるのだった。





その部屋に響く音は

(相変わらず上手いですね姉さん)
(拓人も、流石私の弟ね!)

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