今すぐ5分前に戻りたい。
心の底から何かを願ったのは久しぶりだと我ながら思う。
ふくらはぎが悲鳴を上げているし足が縺れそう。

頼むから…!


『追いかけてこないでよ…っ!』


遡ること5分前。
日直だった私は日誌を書くのを忘れていたと教室へ踵を返した。
思えば日誌なんて明日書けばよかったと思う。
気だるい気持ちでドアに手をかけ、それを開けた時。
私は見てしまった。


「速水くん。これ…」
「あ、ありがとう山菜さん」

『茜ちゃん…?鶴正…?』


女の子らしい可愛い封筒を茜ちゃんから受け取る鶴正の姿。
女の子が男の子に渡す手紙なんて"ラ"から始まって"ター"で終わるあれしか考え付かない。
気付いた時には口から声が漏れていて。
2人も私に気付いてたであろう。

足は勝手に動き出していた。

そして多分(というか絶対)鶴正が置きかけてくる音が聞こえる。
流石に、速い。
教室の前にバック放置してきちゃったからそこで待ち構えてればいいのに鶴正は追いかけてくる。
(まぁこのままのこのことバックを取りに帰る気もなかったけど)


「名前!」


耳を塞ぎたかったけど走る為に振り上げている手では塞げない。
どんどん縮まって行く距離。
近付いてくる足音は鶴正の存在を私に知らしめる。



パシッ


乾いた音は私の左手が掴まれてしまった音だ。
上がる息のせいで言葉が紡げず、その場に立ち止まった。


『なんで…追いかけてくるの』


息を吐き出すテンポに合わせて途切れ途切れに言葉を紡ぐ。
鶴正は私の掴んだ手とは逆の手に握られていた封筒を差し出した。


「名前が、勘違いしたまま走り出すから…」
『…それ、茜ちゃんのでしょ』

「だから、中身」


半ば押し付けられたように封筒を受け取った。
ただの封筒にしては妙に分厚い。

手紙じゃない…?

ゆっくりと封筒の封を切る。


『写真…?』


中には沢山の写真が納まっていた。
でも驚くのはそこじゃない。

その被写体には全部私が含まれている。
私単体の写真はもちろん。半数は鶴正とのツーショット。
最近茜ちゃんにやたら写真を撮られてる気がしたのは気のせいじゃなかったんだ。


「それ、山菜さんに頼んでたんだ」
『鶴正が?』
「う、うん」


照れくさそうに言う鶴正が妙に可愛い。
私は写真を1枚封筒から取り出した。


『じゃあ誤解させた罰!これ1枚貰うね』
「えぇー!?」
『文句言わないの!ほら、教室帰ろ!』


鶴正の手を引いて2人追いかけっこした廊下をもう1回走り出した。

私の手には1枚の写真。
私達が笑い合っている大事な1ページ。





思い出1枚

(茜ちゃんに謝らなきゃ)
(山菜さん、勘違いした名前見て笑ってたけどね)

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