私は文章を綴るのが好きだ。
現実では積極的になれない私でもこの紙の上でなら積極的になれる。
ただの妄想と言われてしまえばそれまでなんだけど、とりあえず文を書くのが好き。
授業中のちょっとした時間に、ふと思いついて書き綴ることもあればがっつり書き上げてしまうこともあったり。

ただその文章には共通していることがある。

1つ目は確実に物語が恋愛ものであること。
2つ目はその物語のヒロインに名前が付いていないこと。


3つ目は相手の男の子が可愛い美少年なこと。


そう思うと我ながら妄想地味ているかな、なんて思っちゃう。
だってその美少年のイメージは私の好きな人……隣のクラスの霧野くんなんだから。



『…できたっ』



ルーズリーフに綴られた、私の作った新たな物語。
誰にも見せたことはないし見せる気もないけれど、意味も無く私はそれを書き続ける。
顔を上げればいつの間にか教室には誰もいなくなっていた。

…次は移動教室だった…!

つい夢中で机にかじりついてたらあと2分ぐらいでチャイムが鳴りそうな時間。
慌てて授業の準備をして教室から飛び出した。

間に合うかな、次の先生怒らせるとネチネチ面倒くさいのにな…!
なんて問答を繰り返しとにかく走る。
よりにもよってここからあの科学実験室は一番遠い場所にある。
慌てていたせいか手元には先程書き上げた物語のルーズリーフが。

いつもなら教室に置いてくるのに持って来ちゃったみたい。
しまった、なんて思って前を見るのをおろそかにした時ドン、と思いっきり誰かとぶつかってしまった。



『ご、ごめんなさい!』

「いや悪い。こっちも前方不注意だった。大丈夫か?」
『へ?』



そんな強い衝撃ではなかったがぶつかったことに少しよろけたけどなんら問題ない。
大丈夫ですと言おうとしたけど相手側の声に驚いてその事を言うことすら忘れてしまった。


『〈き、霧野くん…!?)』
「?どうした?」

『私その……い!…急いでるから!』

「あ、ちょ苗字…!」


恥ずかしさのあまりその場から走り去ってしまった私。
私はその時気付かなかった。

私の腕の中からルーズリーフが滑り落ちていたことを。











『ない!ない!!どこにもないっ!!』

「なに?何がないの名前」
『え!?あー…うん。とりあえずないの!』
「?」
『ごめん先帰っといて!』



流石の友達にもまさかあんなもの落としただなんて言えない。
一緒に帰ろうと言っていた友達に先に帰ってもらって1人慌ただしくなくしたルーズリーフを探す。

落ち着け、思い出せ、
確かにあの移動教室の前は確かにあった。
次に確認したのは?
…いや、確認してないかも…。

そして記憶に新しい霧野くんにぶつかった…あの後は?


『ま…まさか…!』

「苗字?」
『っひ……!?』

「うぉっ…そんなに驚くなって」


突如かけられた声に肩を思いっきりビクつかせてしまった。
振り向かないでも声でわかる。
今頭の中を良くも悪くも埋め尽くす霧野くんだ。

誰もいない教室に私と霧野くんだけの空間になってしまう。



『ど、どうしたの霧野くん』

「どうしてった落とし物。届けに来たんだよ」



落し物ってまさか…!
勢い良く顔を向ければその手にはひらりと揺れるルーズリーフ。

勿論それには見覚えがある。
まごうことなき私の…あの物語の綴られたルーズリーフなのだから。


『まさかそれ……!』


読んだ?とは怖くて聞けなかった。
返事と言わんばかりに霧野くんは笑う。



「それ、次書く時は女の名前、名前にしろよ」
『え?』

「俺、期待してもいいんだな?」



ルーズリーフを差し出す霧野くんに、次の物語の構成が決まった。






物語のヒロインは

(次は私の番)


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