生い茂る緑色の森の中。
小鳥のさえずりが小さく響き、さわさわと森の音が聞こえてくる。
その音以外何も聞こえない静かな空間がそこにはある。


『シュウちゃーん!シュウちゃーん!』


空気を切り裂いて叫ぶ名前の声は森に鳴り響いた。
名前の声に驚いた小鳥がピチチ、と次々に飛び立っていく。


『全く…どこ行ったんだろ……』


右を見渡しても左を見渡しても緑緑緑の緑一色。
視界に頼ってもきっと目的であるシュウは見つからないだろう。
名前は仕方ないなぁと愚痴を漏らしスッと目を瞑る。

五感の中の1つを使えなくすると他の器官が研ぎ澄まされる、と言う。
森の音に惑わされながらも研ぎ澄まされた聴覚を頼りに、名前はシュウを探した。








『シュウちゃんみーつけたっ』
「え、名前!」

『もー。またここにいた。そりゃ声なんて聞こえないよね』



サッカーボールを片手に大きな滝のふもとにシュウはいた。
広大に叩き落ちる滝の音は轟音であり、名前が森で上げていた呼び声など聞こえるはずもない。
シュウが見上げていた、首が痛くなるほど高い所にある滝の頂上は視界ではギリギリ確認できるかできないかぐらいの高さだ。


「ごめん」
『別にいいよ。シュウちゃん見つかったし』


シュウの足元に腰を下ろし、弾け飛ぶ滝の雫を浴びる。


『気持ちいい〜』

「…ずっとそのままだとずぶ濡れになるよ」
『シュウちゃんいつもずぶ濡れでしょ』


するとシュウがうっと言葉に詰まった。
シュウはシュウでよくここで練習をしてはずぶ濡れになって帰ってくるから何も言えない。
それをわかった上で名前は笑いながらシュウの隣に腰を下ろしているのだ。

シュウはもう、とため息をついてボールから手を離す。

重力に従って座っている名前の目の前を横切って地面に落ちるボール。



『…まだやるの?』
「うん」

『……じゃあずっと見てるから』
「うん」



シュウがグっと足に力をいれて思いっきり滝道を駆けていく。
その様子をただ見つめる名前には上を見上げることしかできない。
先程よりも激しく滝から水が弾けて名前の頬を濡らした。



『頑張れシュウちゃん』



見えるか見えないか、
そんな遠くに見えるキラキラと水で反射して見えるシュウの表情に、名前はフッと笑を漏らした。





君がそこにいるから

(僕はこうして頑張れるんだ)
(名前には言ってあげないけどね)

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