前を向いている君が好き。
サッカーをしている君を見ているのが好き。

―サッカーをしている君が好き。

天馬は私のヒーローだった。
小さな頃から私の手を引いて。
泣き虫だった私をいつも日なたに連れていってくれる。そんな太陽みたいな人。





『てんまはどうして私をたすけてくれるの?』




そういえば、昔聞いたことがある。
ずっと日陰にいる私の手を引く天馬に泣きそうであろう顔で聞いたのを今でも覚えている。
どれだけ私は日陰にいただろう。
どれだけ天馬に日なたに引っ張ってきて貰っただろう。

記憶力が一番あるであろうと言われる中学生になった今だけど、数年前のことは記憶には含まれていないらしい。
覚えているのは私を引っ張る天馬の手の温かさだけ。
所詮子供の記憶力なんてそんなもの。


あの質問の答えを、私は忘れてしまったのだから。



『…なんだっけ』
「?どうかしたの、名前?」
『ううん。なんでもないよ葵』



今、私の隣にいてくれるのは天馬と同じ私を救ってくれた内の1人、葵だ。
男と女の差、という壁に阻まれ出来てしまった距離はもう縮めることはできないところまで広がっている。



「そういえば天馬知らない?」
『知らないけど…何かあるの?』
「今日の放課後部活のミーティングあるって伝え忘れちゃってて。ちょっと探してくるわね」

『うん。いってらっしゃい』



パタパタと音を立てて駆けていく葵。
そう。こんなふうに天馬と関わりを断ち切ったのは私だった。

ずっと一緒にサッカーをしている天馬を見てきたけど葵と私は違う。
私にそんな行動力はないしサポート能力もない。
足でまといになるなら関わらないのが懸命な判断だと私が勝手に判断した結果がこの微妙な距離。
いってらっしゃいと振る手が重く感じた。

きっと葵はいつもの如くすぐに天馬を見つけてミーティングの話をするんだろう。
今の雷門サッカー部はサッカー界に革命を起こすんだって有名だから。
しばらくこの勢いは止まらない…と信じたい。
天馬がサッカー部に入って、サッカー部全体が活気付いたことは葵からも聞いている。


だからこそ。


天馬には皆のヒーローであって欲しいから。
助けられた救出者第1号として、天馬に好意を寄せるものとして。
1人の恋する乙女として。

もう貴方に助けは求められない。
私は君の隣に立つべきじゃない。

思いっきり握った手。それは私の小さな小さなSOSのサイン。

でも貴方はそれに振り向かないでいてね。
ずっとずっと、私はその背中を見ているから。




無意味なSOS

(もう貴方は)
(私だけのヒーローじゃないんだから)

_


- ナノ -